なかなかやる気じゃないか。
投稿者: bakajaps 投稿日時: 2001/12/27 13:27 投稿番号: [14501 / 35788]
確かにラテン語の聖書を欧州各国の言語で約したのは、大きな意味を持つ。しかし、それだけで民族意識が高まったとは言えないんじゃないのかな。ラテン語はダンテの神曲が出た後も、聖書がプロテスタントによって各国の言語で約された後も、欧州諸国の国際語の役割を果たしたわけだし、君のいう通り、絶対王政時代には欧州貴族の共通語がラテン語からフランス語に代わっただけだ。また、今の国際語は英語が担っている。ラテン語→フランス語→英語の順に時代が変わっただけで国際語は必要だけなんだ。
>柄谷が言ってるのは、文学(とりわけ口語体の)をある集団が共有することによって、民族が生まれるということです
民族を成すには言語の統一性は欠かせないものであることは明らかではあるが、それだけが近代民族意識を高めたとは言いきれないのではないか。
まず、君は日本人が口語体文学を共有することによって日本という国が生まれたというが、確かにそうだろうか。江戸時代は兎も角、明治時代だけを見ても日本では文語体が主流だった。一部の口語体の文学が流行ったこともあるが、新聞、雑誌は依然として文語体が中心だったし。口語は江戸弁の意味しか持ったなかったのではないか。むしろ日本を一つとして纏めたのは口語体の文学じゃなく、文語体で行われた教育だと思うが。
それから、君は文化の土壌を無視してアジアとヨーロッパを一体化して説明しようとする。言葉だけで近代民族が生まれるのなら、ラテンアメリカ、アメリカ・カナダ・イギリス・オーストラリアなどを説明しなきゃいけない。カナダ人はアメリカ人と何らかの形で結ばれているかもしれないと思うかもしれないが、現に同じ言語を使っていても同じ民族としては認められない。また、ベルギー、スイスの例をどう説明するかが問題じゃないか。ベルギーではフランス語、オランダ語、ドイツ語が使われ、スイスはフランス語、ドイツ語、イタリア語が使われている。しかし、このような国が近代国家でないとは言いきれないし。
諸民族が言語の同一性によって、更には口語体文学作品の共有によって纏められるとは言えない。勿論、一部ではそういう論が当て嵌まる例もあるだろうけど、一部だけで、諸民族の形成論理には当て嵌まらない。
もう少し頑張るが良い。
>その文学的業績がどれほどすごいものかは自分はわからないんだけれども、要点はそれが人々に共有されていたのかってことです
文字だけの話しになると、朝鮮ではハングルと漢字が両方使われ、とりわけ漢字が重視されたといえるだろ。日本で仮名が出現した主な理由は、日本人の漢字能力が低かったことにその主な原因があったでしょう。万葉仮名などは別に日本で生まれ、日本人だけが使った文字じゃないので、論外しよう。しかし、本当に日本人が日本語を馬鹿にせず、日本語だけで文章を作ろうとしたら、漢字が真名、日本人が発展させた漢字の簡略形を仮名と読んだりはしなかったでしょ。
>それにもう一ついえることは日本で漢文は日本語化されて読んでいた そうした漢文の自国語化をしなかった朝鮮では、より一層中国への傾斜が激しかっただろう
例えば、ラテン語が流行った中世欧州で、フランスでラテン語が難しいから、ラテン語彙とラテン文字は用いて、フランス式ラテン語を作って用いようとしたら、フランスでのラテン語はドイツ、イギリス、スペイン、イタリアなどの諸国から馬鹿にされただけでしょう。漢文は中国生まれの漢語だったんだよ。漢以降の中国語とも違う、欧米のラテン語のような体系を持って一人歩きしていたんだよ。それを日本人は難しいという理由で勝手に手をいれたんだよ。「スト」「ベア」などの和製英語を幾ら香港人、韓国人、アメリカ人の前で自慢しても馬鹿にされるだけではないのかな?日本国内での理屈が何時も世界で通じるとは思わないで欲しいね。
>日本でも儒者のなかには「何故自分はシナ人に生まれなかったんだろう」と言って嘆いている例もあるくらいですからね
毎日英語を使ってる人がいるんだったら、日本で生まれずアメリカかイギリスで生まれたら良かったと思う人がいるかもしれないじゃないか。
>柄谷が言ってるのは、文学(とりわけ口語体の)をある集団が共有することによって、民族が生まれるということです
民族を成すには言語の統一性は欠かせないものであることは明らかではあるが、それだけが近代民族意識を高めたとは言いきれないのではないか。
まず、君は日本人が口語体文学を共有することによって日本という国が生まれたというが、確かにそうだろうか。江戸時代は兎も角、明治時代だけを見ても日本では文語体が主流だった。一部の口語体の文学が流行ったこともあるが、新聞、雑誌は依然として文語体が中心だったし。口語は江戸弁の意味しか持ったなかったのではないか。むしろ日本を一つとして纏めたのは口語体の文学じゃなく、文語体で行われた教育だと思うが。
それから、君は文化の土壌を無視してアジアとヨーロッパを一体化して説明しようとする。言葉だけで近代民族が生まれるのなら、ラテンアメリカ、アメリカ・カナダ・イギリス・オーストラリアなどを説明しなきゃいけない。カナダ人はアメリカ人と何らかの形で結ばれているかもしれないと思うかもしれないが、現に同じ言語を使っていても同じ民族としては認められない。また、ベルギー、スイスの例をどう説明するかが問題じゃないか。ベルギーではフランス語、オランダ語、ドイツ語が使われ、スイスはフランス語、ドイツ語、イタリア語が使われている。しかし、このような国が近代国家でないとは言いきれないし。
諸民族が言語の同一性によって、更には口語体文学作品の共有によって纏められるとは言えない。勿論、一部ではそういう論が当て嵌まる例もあるだろうけど、一部だけで、諸民族の形成論理には当て嵌まらない。
もう少し頑張るが良い。
>その文学的業績がどれほどすごいものかは自分はわからないんだけれども、要点はそれが人々に共有されていたのかってことです
文字だけの話しになると、朝鮮ではハングルと漢字が両方使われ、とりわけ漢字が重視されたといえるだろ。日本で仮名が出現した主な理由は、日本人の漢字能力が低かったことにその主な原因があったでしょう。万葉仮名などは別に日本で生まれ、日本人だけが使った文字じゃないので、論外しよう。しかし、本当に日本人が日本語を馬鹿にせず、日本語だけで文章を作ろうとしたら、漢字が真名、日本人が発展させた漢字の簡略形を仮名と読んだりはしなかったでしょ。
>それにもう一ついえることは日本で漢文は日本語化されて読んでいた そうした漢文の自国語化をしなかった朝鮮では、より一層中国への傾斜が激しかっただろう
例えば、ラテン語が流行った中世欧州で、フランスでラテン語が難しいから、ラテン語彙とラテン文字は用いて、フランス式ラテン語を作って用いようとしたら、フランスでのラテン語はドイツ、イギリス、スペイン、イタリアなどの諸国から馬鹿にされただけでしょう。漢文は中国生まれの漢語だったんだよ。漢以降の中国語とも違う、欧米のラテン語のような体系を持って一人歩きしていたんだよ。それを日本人は難しいという理由で勝手に手をいれたんだよ。「スト」「ベア」などの和製英語を幾ら香港人、韓国人、アメリカ人の前で自慢しても馬鹿にされるだけではないのかな?日本国内での理屈が何時も世界で通じるとは思わないで欲しいね。
>日本でも儒者のなかには「何故自分はシナ人に生まれなかったんだろう」と言って嘆いている例もあるくらいですからね
毎日英語を使ってる人がいるんだったら、日本で生まれずアメリカかイギリスで生まれたら良かったと思う人がいるかもしれないじゃないか。
これは メッセージ 14486 (takeru50004 さん)への返信です.