Bさん、回答です(2)
投稿者: tihaya3 投稿日時: 2001/02/25 07:36 投稿番号: [1441 / 35788]
前段の続きです。
(1)知識階級の幅広さ
江戸の戯作文学などを読むと面白いのですが、小さな商家の娘たちが今日はおけいこごとがないので、うれしいと歓喜の声をあげている様子が出ています。調べてみると現代社会の受験地獄所ではないのですね。親は食うものを食わずに子供に教育をつけています。
この伝統の深さは明治で国が大きく進歩した大きな理由になっています。儒教でも制度として科挙の制度がありましたが、我々の祖先はそれを選ばずに、儒教のような官僚選択の道具としての学問ではなく、個人をレベルアップする道具として学問を適用しています。
(2)商業規範の伝統
借りたものは返す、道に落ちているものでも盗んではいけない、他人のものと自分のものを分ける、商業で失敗したら自分が悪い、約束したことを守るなどの当たり前の伝統が、すでに江戸の中期にはあり、さらに商業をして働らく事は宗教的に正しいことだ、また得られた利益は浄財であるという、近代的資本主義社会では当たり前の思想が庶民にまで浸透していました。
このような前提条件がないと信用取引が成立しませんから、資本の拡大も見込まれず、大規模な手形交換所などが出来るわけがないのです。これも儒教では説明できません。
(3)地方分権の伝統
江戸時代は集権制度だと思うとそうでない面もあります。実際には権力は徳川幕府が持っていましたが、彼らは最後まで徳川家は大名の巨大なものというスタンスを捨てていません。したがって地方の大名は自らの土地を耕し、商業を拡大し、産業立国を目指さざるを得なかったわけです。この伝統も馬鹿にならないと思えます。特に私学の伝統は江戸の官立学校より優秀な人材を析出したことを見てもわかるように無視できない点があります。これも儒教的思想の中央集権体制では説明できません。
さてそこで儒教の伝統ですが、日本における思想は断章取義的なやり方をしてきました。もともと宗教自体も固有の神道系のものと、中華から入ってきた仏教がすでに道教、儒教と交じり合ったのが正しい状態として入ってきていますから、思想的にはある意味でいいかげんなのです。
この点は小中華たる朝鮮が中国よりもっと中国的に=政治的手段によって世の中を救済するという儒教精神を、精神よりさらに強固な制度として把握しているのと好対照を見せています。
したがって「江戸時代でも日本は儒教を把握していなかった」といわれれば、そのとおりだねとしかいいようがないですね。そしてそれが明治になって突然強固な制度として儒教の適用を開始したというのも、同様に納得できかねます。
>あなたの主張を返して質問しましょう。
>中央集権国家の形成、官僚システムの成立を儒教無しにどう説明すれば良いのでしょうか?
すでに本来の儒教ではない儒教、いわば断章取義をした日本的儒教の伝統はありましたが、江戸の官僚はそれを道徳規範として把握し、制度としては無視しています。
さらに明治以降の官僚の殆どが地方出身の青年であり、それらはすでに江戸時代に色々な意味で資本主義社会に入りうる伝統を身に付けていたというのが、私の回答です。この伝統は儒教だけでは説明しきれません。特に(2)の部分、働くことは素晴らしいことなのだという西欧のプロテスタンティズムに相当する思想が背景にある商業規範は儒教の思想からは演繹できません。
韓国の学者で儒教的伝統について考察している文献、「東アジアにおける儒教の近代化に及ぼした影響」とでもいう趣旨の本を読んだことがありますが、その方の儒教の影響が大きいという議論を無視は出来ませんが、日本は日本独自で好き勝手に思想を加工して、自分たちが吸収しやすいようにしてやっている、いわば思想から言うといいかげん、日本人の私から言うと融通無碍で自由度が高い面を無視しているようにも思いえます。
(1)知識階級の幅広さ
江戸の戯作文学などを読むと面白いのですが、小さな商家の娘たちが今日はおけいこごとがないので、うれしいと歓喜の声をあげている様子が出ています。調べてみると現代社会の受験地獄所ではないのですね。親は食うものを食わずに子供に教育をつけています。
この伝統の深さは明治で国が大きく進歩した大きな理由になっています。儒教でも制度として科挙の制度がありましたが、我々の祖先はそれを選ばずに、儒教のような官僚選択の道具としての学問ではなく、個人をレベルアップする道具として学問を適用しています。
(2)商業規範の伝統
借りたものは返す、道に落ちているものでも盗んではいけない、他人のものと自分のものを分ける、商業で失敗したら自分が悪い、約束したことを守るなどの当たり前の伝統が、すでに江戸の中期にはあり、さらに商業をして働らく事は宗教的に正しいことだ、また得られた利益は浄財であるという、近代的資本主義社会では当たり前の思想が庶民にまで浸透していました。
このような前提条件がないと信用取引が成立しませんから、資本の拡大も見込まれず、大規模な手形交換所などが出来るわけがないのです。これも儒教では説明できません。
(3)地方分権の伝統
江戸時代は集権制度だと思うとそうでない面もあります。実際には権力は徳川幕府が持っていましたが、彼らは最後まで徳川家は大名の巨大なものというスタンスを捨てていません。したがって地方の大名は自らの土地を耕し、商業を拡大し、産業立国を目指さざるを得なかったわけです。この伝統も馬鹿にならないと思えます。特に私学の伝統は江戸の官立学校より優秀な人材を析出したことを見てもわかるように無視できない点があります。これも儒教的思想の中央集権体制では説明できません。
さてそこで儒教の伝統ですが、日本における思想は断章取義的なやり方をしてきました。もともと宗教自体も固有の神道系のものと、中華から入ってきた仏教がすでに道教、儒教と交じり合ったのが正しい状態として入ってきていますから、思想的にはある意味でいいかげんなのです。
この点は小中華たる朝鮮が中国よりもっと中国的に=政治的手段によって世の中を救済するという儒教精神を、精神よりさらに強固な制度として把握しているのと好対照を見せています。
したがって「江戸時代でも日本は儒教を把握していなかった」といわれれば、そのとおりだねとしかいいようがないですね。そしてそれが明治になって突然強固な制度として儒教の適用を開始したというのも、同様に納得できかねます。
>あなたの主張を返して質問しましょう。
>中央集権国家の形成、官僚システムの成立を儒教無しにどう説明すれば良いのでしょうか?
すでに本来の儒教ではない儒教、いわば断章取義をした日本的儒教の伝統はありましたが、江戸の官僚はそれを道徳規範として把握し、制度としては無視しています。
さらに明治以降の官僚の殆どが地方出身の青年であり、それらはすでに江戸時代に色々な意味で資本主義社会に入りうる伝統を身に付けていたというのが、私の回答です。この伝統は儒教だけでは説明しきれません。特に(2)の部分、働くことは素晴らしいことなのだという西欧のプロテスタンティズムに相当する思想が背景にある商業規範は儒教の思想からは演繹できません。
韓国の学者で儒教的伝統について考察している文献、「東アジアにおける儒教の近代化に及ぼした影響」とでもいう趣旨の本を読んだことがありますが、その方の儒教の影響が大きいという議論を無視は出来ませんが、日本は日本独自で好き勝手に思想を加工して、自分たちが吸収しやすいようにしてやっている、いわば思想から言うといいかげん、日本人の私から言うと融通無碍で自由度が高い面を無視しているようにも思いえます。
これは メッセージ 1440 (tihaya3 さん)への返信です.