なぜ日本人は、嫌われるのか?

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中華思想の理解を高めるために、、

投稿者: BrandenburgerTor_G 投稿日時: 2001/02/24 00:52 投稿番号: [1413 / 35788]
中華思想を解るためには、儒教(朱子学)がどうしう思想体系をもっていたのかを理解しなきゃ行けない。

(これはあくまでも俺の解釈:違う意見の有る人からの意見は聞くけど、それ以外の罵倒はごめんだ)

儒教は宗教じゃなく、哲学なんだ。しかも強力な支配体系。それが東アジアで強力な支持をえたのは、その効率性が認めたからだ。強力な中央集権国家、それを支える知識層からなった官僚システム。韓国では朝鮮王朝が成立した12世紀末にこれを完成するが、日本がこういう体制になるのは明治維新以降になる。

その支配体系を思想的に支えたのは、儒学なんだ。儒学は道徳、則ち礼からなる。この礼の体系を解らずに儒学は論じられる。礼は下の人が上の人に対して一方的にとるものではない、上の人も礼に従って下の人と接しないといけない。これがポイントなんだ。これを失った時、道徳性もなくなってしまう。

君主と臣下との関係は礼から始まる。その礼の体系が崩れた時、逆性革命が起こる。中華というのはこういうのを基礎にして成立つ。韓国が中国を宗主国として認めたのは明が成立してからだ。要するに中国との関係が礼をもって互いを接する時のみ、宗主国として認めた訳だ。明と朝鮮の間は礼という体系の中で上下関係が成立った。要するに朝鮮が明に接する時は礼をつくす。明国も同じく朝鮮と接する時、礼を尽くす。その礼の関係が崩れた時、宗主国の地位は失ってしまう。中国から礼が崩れた時、朝鮮と中国の関係はもはや中華秩序の中には存在しなくなる。それが清国の登場だ。一時期清国も中華の地位を取り戻すかのような時期もあったのだが、それは表面的な話である。清は基本的に中華秩序の中に存在しない国であった。道徳性のない国だったのだ。朝鮮は軍事力上負けた以上清に対して礼を尽くしたが、清は礼を尽くして朝鮮を接してない。道徳性のない国はもはや宗主国じゃないし、文明国でもない。それが基本的な朝鮮の儒学者の思想だった。道徳性のある国はもはや朝鮮しかない。朝鮮は中華になりたくてなった訳じゃなく、道徳性を保つために、ならざるを得なかった。中華の位置を失った清に変わって中華になり、周りの未開な国を教化する義務があったのだ。そこが、小中華思想のスタートなんだ。礼を尽くさない中国、礼を知らない日本。朝鮮の儒学者からみると日本も中国も礼をしらない未開国、野蛮国だったのだ。

日本人がよく間違えるのは、江戸時代が儒教の時代だと思う。大間違い。日本の江戸時代は儒学者はいても儒教の国では無かった。日本が儒教の国になったのは明治維新後になる。儒学者が国政を担わない国はまず、儒教の国になり得ない。明治維新を成し遂げたのも儒学者だちだった。彼等が維新後、推進したのは儒教的中央集権国家であった。明治の近代日本は封建制度からの脱皮であったが、儒教からの脱皮ではなかった。むしろ、日本全土の儒教国家化を、西洋の理念を摂取して推進した。

明治期に中央集権、国家試験による官僚選抜などを推進したのも、国家を全体的に儒教化する動きだった。これとは別に自由民権運動は「言論の自由」「国民の政治的な主体性」などを主張して、日本の儒教社会化を推進した。

因に韓国での国家試験による官僚システムは11世紀に成立する。言論の自由も12世紀になると完成する。また、国民(身分制の下での良人だけど)の政治的な主体性も朝鮮時代にすでに完成する。
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