>もし仮に外交責任者の印でも
投稿者: BrandenburgerTor_G 投稿日時: 2001/08/25 00:59 投稿番号: [11745 / 35788]
>なんの問題ないです。主権者から委任された国の外交責任者ですので自分の職務である外交を日本に管理依頼する事は可能です。
ま、こういう見解もあるでしょう。しかし当時の成りゆきを見ると、同条約は韓国の国内法、日本の国内法、更には国際法まで違反しているようですね。
その一、韓国の法律違反について、
1889年8月制定された大韓国国制(憲法にあたる)第9条には「大韓国皇帝陛下は各有約国に使臣を派送、駐さつさせ、宣戦、講和、及び諸般の条約を締結す。公法に謂うところの自遣使臣なり」とあります。また、1894年2月に頒布された公文式制の第、印璽、第18条には「国書、条約批准、外国派遣官吏の委任状、在留各国領事証、認状は、親署後国璽を押す」とあります。
にも関わらず、保護条約は、「親署後国璽を押」した皇帝の委任状なしに締結され、「親署後国璽を押」した皇帝の批准書を得ることが出来なかった。国制(憲法)違反だと言わざるを得ないのです。
その二、日本の憲法違反について
大日本帝国憲法第13条には、「天皇は戦を宣し和を講し及諸般の条約を締結ス」とあります。この条目については色んな議論ができると思いますが、明治天皇の批准のなかった保護条約は「すくなくとも確定したものとは認められない」との意見が優勢であります。要するに韓国保護条約は日本国内でも完全な条約の形を取ってないものでした。これを合法といえるかどうかは、、???ですね。
その三、国際法違反について、
国際法は定めはないものの、それなりの有力な学説はあります。日本が例の条約が有効であると主張する根拠には有賀長雄早稲田大学の教授「保護条約は全権委員が調印し君主が批准した正式な条約ではないが効力はある」という主張(「保護国論;早稲田大学出版部1906年」)と立作太郎東京帝大教授の「条約の効力発生の時期:(国際法雑誌:1907年10月号)」の投稿した内容「条約や協約も覚書や議定書のように批准の手続きはいらない、効力は条約調印の時点で発生する」と主張があります。
当時の日本政府は有賀教授、立作教授らの説に拠って初めて保護条約を国際法的に正当化する事が出来たのです。しかし、見逃せないのは有賀教授が「外国の間における同種の保護条約は大抵正式な条約の体裁を取」っていることを認めること、立作教授が「条約の形式上の拘束力は国家元首の批准に依り発生すると為すを現今の多数の学者の説と認め」ていることです。有賀教授も立作教授も決して多数派ではなかったのです。
ちなみに、東京帝大の寺尾亨教授は「条約批准問答」(国際法雑誌:1905年10月)の中で「全権委員の締結したる条約に対して批准の制存在する以上は、其の内容の訓令に適合せるや否やを問はす、批准の自由は尚君主の手に存するものと謂はさるへからす」と述べています。
保護条約は決して多数説の国際法に関する見解にしたがった条約だと言えないわけです。
これらを無視し、有効を、或いは正当性を主張し続けるのは、かなり無理のあるものと思われますが。
>>請求権でなく請求権に基ずく外交保護権にすぎない。
これは1965年の日韓条約に依って解決されたのは、請求権そのものではなく、請求権をめぐる外交保護権だという事です。外交上で請求権の請求を保護する権利はなくなったものの、決して請求権そのものまで消滅したわけではないとの意見でしょう。
御理解頂けたのでしょうか?
ま、こういう見解もあるでしょう。しかし当時の成りゆきを見ると、同条約は韓国の国内法、日本の国内法、更には国際法まで違反しているようですね。
その一、韓国の法律違反について、
1889年8月制定された大韓国国制(憲法にあたる)第9条には「大韓国皇帝陛下は各有約国に使臣を派送、駐さつさせ、宣戦、講和、及び諸般の条約を締結す。公法に謂うところの自遣使臣なり」とあります。また、1894年2月に頒布された公文式制の第、印璽、第18条には「国書、条約批准、外国派遣官吏の委任状、在留各国領事証、認状は、親署後国璽を押す」とあります。
にも関わらず、保護条約は、「親署後国璽を押」した皇帝の委任状なしに締結され、「親署後国璽を押」した皇帝の批准書を得ることが出来なかった。国制(憲法)違反だと言わざるを得ないのです。
その二、日本の憲法違反について
大日本帝国憲法第13条には、「天皇は戦を宣し和を講し及諸般の条約を締結ス」とあります。この条目については色んな議論ができると思いますが、明治天皇の批准のなかった保護条約は「すくなくとも確定したものとは認められない」との意見が優勢であります。要するに韓国保護条約は日本国内でも完全な条約の形を取ってないものでした。これを合法といえるかどうかは、、???ですね。
その三、国際法違反について、
国際法は定めはないものの、それなりの有力な学説はあります。日本が例の条約が有効であると主張する根拠には有賀長雄早稲田大学の教授「保護条約は全権委員が調印し君主が批准した正式な条約ではないが効力はある」という主張(「保護国論;早稲田大学出版部1906年」)と立作太郎東京帝大教授の「条約の効力発生の時期:(国際法雑誌:1907年10月号)」の投稿した内容「条約や協約も覚書や議定書のように批准の手続きはいらない、効力は条約調印の時点で発生する」と主張があります。
当時の日本政府は有賀教授、立作教授らの説に拠って初めて保護条約を国際法的に正当化する事が出来たのです。しかし、見逃せないのは有賀教授が「外国の間における同種の保護条約は大抵正式な条約の体裁を取」っていることを認めること、立作教授が「条約の形式上の拘束力は国家元首の批准に依り発生すると為すを現今の多数の学者の説と認め」ていることです。有賀教授も立作教授も決して多数派ではなかったのです。
ちなみに、東京帝大の寺尾亨教授は「条約批准問答」(国際法雑誌:1905年10月)の中で「全権委員の締結したる条約に対して批准の制存在する以上は、其の内容の訓令に適合せるや否やを問はす、批准の自由は尚君主の手に存するものと謂はさるへからす」と述べています。
保護条約は決して多数説の国際法に関する見解にしたがった条約だと言えないわけです。
これらを無視し、有効を、或いは正当性を主張し続けるのは、かなり無理のあるものと思われますが。
>>請求権でなく請求権に基ずく外交保護権にすぎない。
これは1965年の日韓条約に依って解決されたのは、請求権そのものではなく、請求権をめぐる外交保護権だという事です。外交上で請求権の請求を保護する権利はなくなったものの、決して請求権そのものまで消滅したわけではないとの意見でしょう。
御理解頂けたのでしょうか?
これは メッセージ 11741 (GAMU_uri さん)への返信です.