>横レス歓迎>kentanijiさん
投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/06/15 22:36 投稿番号: [6957 / 203793]
ただいま帰宅。誰でも良いというので私がレス。知識のもにあって、理性的で無くて申し訳ないけどね。
あなたの理論には、従軍慰安婦ありき、強制連行ありきがまず結論としてある感じがするね。私がここで何度かいった「上からの演繹」(結論先気取りの議論)だね。
>中国人は「チャンコロ」と呼び、朝鮮人は「チョン」と蔑み、現在のような人権など考えもしなかったでしょう。
中国人をチャンコロというのは一般的だったけど、朝鮮人をチョンというのはそれほど一般できではなかったと私の曾祖父さん入っていたね(大正初期に朝鮮滞在経験あり)
>旧軍が、「捕虜の辱めを受けるべからず」と言うのはご存知でしょうが、
「戦陣訓」は昭和16年1月に陸軍大臣東条が出したもの。ただし後世に言われているような「捕虜になるくらいならしんでしまえ」という意味は全くなかったのだよ。
「生きて虜囚のはずかしめをうけず、死して罪過の汚名を残すことなかれ」(本訓その3ー第8)
この戦陣訓は中国大陸での日本兵の規律を守るためのもの。元々の意味はこういう意味だよ。
「もし捕虜になったときそれまでに悪いことをしていれば日本軍人としての名にかかわる。死んだ場合もそれまでにわるいことをしていれば死者としての君の名誉が傷つくだろう。だから悪いことをするな」
このぶんのまえにこういうのがある。「恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思い、ますます奮励してその期待に答うべし。」(一部仮名漢字訂正)
東条は郷里の面目を力に全体のロジックをまとめようとしたが、当時の風潮からこれが「死の哲学」似天下した。これを死の哲学と安易に考えるようになったのは戦後ヒューマニズムなのである。だから東条が戦後自決説米軍に捕まっても矛盾は無かったのである。(「帝国陸軍の光と影」大原康男・この話しは落日の艦隊似も引用されている)。
長くなったので、戦前の日本軍が朝鮮人をどう思っていたかの一部エピソードやラモウ・ミートキナの話は別途投稿するね。
一般的な感想を言うと、君の考えはこんな感じがする。
「戦前は人権がなかった。ましてや朝鮮半島は植民地だった。だからそこの人間を人権を尊重して人間扱いするはずがない」ほんとにそうかな。
これは メッセージ 6955 (my0012aa さん)への返信です.
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