なぜ韓国人は、嫌われるのか?

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小作権の争奪が「恨」の精神を増幅した

投稿者: korean_blues 投稿日時: 2001/09/25 12:44 投稿番号: [22255 / 203793]
丁若𨉷(チョン・ヤギョン)の『救民心書』によれば、李朝末期の地方官は宮内府高官の縁故者や
買官者(官職を買った者)ばかりだったと言うから、任官すれば、官職を買うために要した費用
を取り戻すために、不法不当な徴税、賦金、課役を行う者が多かった。この国王専制下の政
治腐敗、特に国王側近の宮内府高官達の乱脈こそ『朝鮮の悲劇』の根源であると言える。

李朝の小作慣行としては、小作料や小作期間は不安定であり、契約も口約束が多く、地主・小
作関係は封建的な性格が極めて強かった。そのため、農民は勤労意欲を喪失し、土地に対
する愛着心も低下〜欠如するため略奪農法を招く事になり、土地の生産性は低下した。
農地は農民にとり、生活の原点だから、土地を地主に取り上げられれば、転業はほとんど不可
能であり、小作料の引き上げは死を意味したため、小作権の争奪は激しかった。これは農民間
の恨みや憎しみを増幅させ「恨(ハン)」の精神を激昂させ、農民の移動を頻発させ、貧困化を加速
させた。

この『救民心書』に描かれている李朝時代の農民の置かれた立場は、文字表現そのままの「切骨
の病」、「骨髄を剥ぐ」と言う悲惨な姿であり、朝鮮近代史研究家は李朝時代の農民を「牧歌的な
生活」と言うが、どこが牧歌的なのか?

この数百年間傷つけられ続けた自尊心が、一挙に噴出したのが東学党の農民戦争以降の一連
の農民運動であり、「貧官汚吏を斥け、倭奴洋夷を擾する」事が、虐げられた民衆の屈折した心
情から民族心理への昂揚であり、独立後も更に昂揚し続けた。  


頻発する飢餓

朝鮮の『仁祖実録』(37巻、38巻、31巻、42巻)によれば、「六年(仁祖)五月、三年凶作の後、
八路が大旱(魃)、両季の麦が枯れ、四野が全て赤地、これは誠に千古未曾有の大異変なり」
と記され、八年三月には再び「飢饉に疫病、人民はほとんど死に絶えた」とまで書かれている。
また、1671年の大飢饉では、墓を暴き、屍体の衣類をはぎ取り、親は道端に子を捨てたほど
だと言われている。

投稿者注:仁祖(仁宗)は弟16代朝鮮王、その在位1623〜1649年だから、1628年から1630年
の事になる。

朝鮮総督府は、李朝社会の惨状、乞食同然の農民と道端の行き倒れの無宿者の多さに驚き、
自作農の創出、小作制度の改善を重視している。朝鮮半島の開発、社会改革に献身した日本
人は少なくなかった。

黄文雄『歪められた朝鮮総督府』より
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