李朝はもはや衰亡の極みにあった
投稿者: korean_blues 投稿日時: 2001/09/25 12:43 投稿番号: [22254 / 203793]
アメリカの朝鮮史家ヘンダーソンは、李朝が近代と触れるようになる1860年前後の政治と
社会に関し、次のように述べている。
( グレゴリー・ヘンダーソン著、鈴木沙雄・大塚喬重訳 『朝
鮮の政治社会』 サイマル出版 )
「李朝はもはや経済的破産と崩壊の寸前だった。既に軍事力はほとんど無く、政権の分裂と
内紛で行政は麻痺状態となり、慢性的な百姓一揆の気運に脅かされていた」
まさしく衰亡の極みにあったと言って良い。およそ王朝国家と言うものは栄枯盛衰の繰り返
しのうちに交代を重ねて行くから、他に有効な権力があれば、王朝はいつ倒されてもおかし
くない交代の時期にあったと言える。
李朝衰亡の根本は、ヘンダーソンも指摘しているように、李朝の政治が何百年間も中国を真
似ながら、中国以上に「統一性への威厳」を強化し続けてきた事に求められる。つまり、広
大な領土を治めるために行使された中国式の中央集権制を、狭小な朝鮮半島の中で、本家の
中国以上に徹底させたために、世界に類例を見ないほど硬直した官僚国家体制ができあがり、
結局は日々政治システムの医事に狂奔する事が、政治そのものとなってしまったのである。
李朝の政治は徹底的に規格化された制度と、画一的な手段を用いた政治であり、それをヘン
ダーソンは「全ての非正統的活動」を執拗に排除しようとする『嫉妬深い中央集権主義』と
形容している。
中央集権主義の統制下にあったのは、もちろん政治活動だけではなく、経済、社会、文化の
全てにわたり、特に地方は政治的にも経済的にも自立した力を持てないよう、厳しい統制が
加えられた。柔軟性を欠いたシステムの定着は、時代に合わせて自己変革を遂げる事を、ほ
とんど不可能にし、やがて疲弊と衰亡をもたらす。それはあらゆる集団の原理である。李朝
は末期に至り、その硬直したシステムを形式的に維持しようとする力と実質的な崩壊の矛盾
が激しい軋轢を起こし、社会に大きな混乱をもたらしていた。
『嫉妬深い中央集権主義』
呉善花
『韓国併合への道』
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