kkohshien2さん
投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/03/11 07:29 投稿番号: [123629 / 203793]
>マニアにとっては貴重なものでしょう。
まあ、私はそれほどこの辺の話には詳しくないのですが、「坂の上の雲」片手に見たら、結構楽しめるかもしれません。
>あの時代日本を除き国民意識を持った国(?)がアジアにどれだけあったでしょう。
これは無かったといっていいでしょうね。
個人的には、安重根が伊藤博文を殺したのは、コリアンに民族的自覚を促すためだったんじゃないかと思っています。
乱暴な方法ですが、宣伝効果は確かに大きいので。
(逆にいえば、政治的な視点では、彼の行動はコリアン自身にとっても有害な結果しかもたらしていない)
>中国人は砂の如し
今日でも、中国人は自らを
「まとまるのが苦手」
と言いますね。
この辺は、民族性かもしれません。
(その分個々の中国人はタフでもある)
>各々後ろ盾に権力闘争に終始した
やや皮肉な見方をすれば、中国の歴史は統一王朝の殻をかぶった地方軍閥の権力争いの歴史と言えなくもありません。
(現共産党政権でさえ、その地方政府に対する支配力は実際にはそれほど強くない)
20世紀前半の中国は、この点五胡十六国や五代十国の時代のように、易姓革命が一つの結果に容易に落ち着かなかった時代と言えるのかもしれません。
統一中国という近代国家を成立させるためには、「中国人」というアイデンティティを作り出さなければいけないわけで、実際のところ、現在までの国民党・共産党政権がこれに成功しているとはちょっと言い難いと思います。
(かろうじてこのアイデンティティを受け入れられるのは漢人だけでしょう)
>これ等誘惑を互いに打合せたわけでも無いのに退けています
彼らは天下が定まった後のことまで明確に視野に入れていましたからね。
横須賀製鉄所(後の海軍工廠)に託した小栗忠順の言葉を見れば、彼らの志がどのようなものだったのかはよく分かると思います。
>満州国は壮大な実験であったかと思います
そういう面はあったと思います。
国家政策としての人減らしという面はあったにしろ、当時の為政者・入植者達が日本でかなえられなかった夢をかの地で追い求めたのも事実ですし。
ただ、
「愛新覚羅家が五族協和のシンボル足りえたか?」
にはちょっと疑問符がつくでしょうし、
(中国的な視点で見れば、彼らはすでに天命を失っていたハズ)
満州入りした日本人が勤勉に頑張れば頑張るほど(実際彼らは勤勉だった)、満州が近代日本というシステムから精神的にも政治経済的にも自由にはなりえなかっただろうとも思います。
>尊敬している為見方が甘いかも知れません。
私も石橋湛山の人物は評価しているつもりです。
エコノミストとしての彼は充分評価に値する傑物だったと思います。
また、おっしゃる通り潔さも際立っていますし。
母校の大先輩ともなればその気持ちはなおさらでしょう。
安全保障に関しては、彼も当時の人間として、強力な日本海軍の存在を前提にしていたんじゃないかと思っています。
(一流のエコノミストだった彼が、現実的な視点を見失っていたとは思わないので)
ただ、調べたことは無いので確たることは言えません。
まあ、私はそれほどこの辺の話には詳しくないのですが、「坂の上の雲」片手に見たら、結構楽しめるかもしれません。
>あの時代日本を除き国民意識を持った国(?)がアジアにどれだけあったでしょう。
これは無かったといっていいでしょうね。
個人的には、安重根が伊藤博文を殺したのは、コリアンに民族的自覚を促すためだったんじゃないかと思っています。
乱暴な方法ですが、宣伝効果は確かに大きいので。
(逆にいえば、政治的な視点では、彼の行動はコリアン自身にとっても有害な結果しかもたらしていない)
>中国人は砂の如し
今日でも、中国人は自らを
「まとまるのが苦手」
と言いますね。
この辺は、民族性かもしれません。
(その分個々の中国人はタフでもある)
>各々後ろ盾に権力闘争に終始した
やや皮肉な見方をすれば、中国の歴史は統一王朝の殻をかぶった地方軍閥の権力争いの歴史と言えなくもありません。
(現共産党政権でさえ、その地方政府に対する支配力は実際にはそれほど強くない)
20世紀前半の中国は、この点五胡十六国や五代十国の時代のように、易姓革命が一つの結果に容易に落ち着かなかった時代と言えるのかもしれません。
統一中国という近代国家を成立させるためには、「中国人」というアイデンティティを作り出さなければいけないわけで、実際のところ、現在までの国民党・共産党政権がこれに成功しているとはちょっと言い難いと思います。
(かろうじてこのアイデンティティを受け入れられるのは漢人だけでしょう)
>これ等誘惑を互いに打合せたわけでも無いのに退けています
彼らは天下が定まった後のことまで明確に視野に入れていましたからね。
横須賀製鉄所(後の海軍工廠)に託した小栗忠順の言葉を見れば、彼らの志がどのようなものだったのかはよく分かると思います。
>満州国は壮大な実験であったかと思います
そういう面はあったと思います。
国家政策としての人減らしという面はあったにしろ、当時の為政者・入植者達が日本でかなえられなかった夢をかの地で追い求めたのも事実ですし。
ただ、
「愛新覚羅家が五族協和のシンボル足りえたか?」
にはちょっと疑問符がつくでしょうし、
(中国的な視点で見れば、彼らはすでに天命を失っていたハズ)
満州入りした日本人が勤勉に頑張れば頑張るほど(実際彼らは勤勉だった)、満州が近代日本というシステムから精神的にも政治経済的にも自由にはなりえなかっただろうとも思います。
>尊敬している為見方が甘いかも知れません。
私も石橋湛山の人物は評価しているつもりです。
エコノミストとしての彼は充分評価に値する傑物だったと思います。
また、おっしゃる通り潔さも際立っていますし。
母校の大先輩ともなればその気持ちはなおさらでしょう。
安全保障に関しては、彼も当時の人間として、強力な日本海軍の存在を前提にしていたんじゃないかと思っています。
(一流のエコノミストだった彼が、現実的な視点を見失っていたとは思わないので)
ただ、調べたことは無いので確たることは言えません。
これは メッセージ 123572 (kkohshien2 さん)への返信です.