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中国人が読んだ『脱亜論』 3/4

投稿者: melancholy_night 投稿日時: 2007/02/10 18:21 投稿番号: [4273 / 7922]
  (二)

  中国近代史を一言でいえば“反抗”の二字である。“抗英”、“抗日”、“抗美”、“反帝”、“反修”であり、いまでも“反日”がある。中国近代とは外国との抗争の歴史であって、中国人は近代以後一貫して“仇外〔外国を仇敵視する〕”心理にある。
  “仇外”は当然ではある。中国は外国人に侵略され、不平等条約を強要されて署名させられたほか、中国が“仇外”になる理由があろう。だが同じように侵略を受け不平等条約を押しつけられた日本はなぜか“仇外”とはならなかった。それどころか、日本はみずからを侵略し不平等条約を押しつけた西洋列強と友好関係を結んだ。  
  このことに関して、福沢諭吉の「脱亜論」は、日本の西洋人に対する見方をよく表している。
   「然ば則ち文明を防て其侵入を止めん歟、日本國は獨立す可らず。如何となれば世界文明の喧嘩繁劇は東洋孤島の獨睡を許さゞればなり」という福沢の言は正しい。彼は100年以上前に西洋文明がおしとどめることのできない歴史の流れであることを見極め、その潮流を阻もうとすることやそこから身を避けようとすることは愚かであり、みずから進んでその潮流に乗るのが賢明な方策だと認識したのである。  
  だが中国は、その西洋文明の潮流に対して一貫して対抗の姿勢をとり続けた。“夷を以て夷を制す”や“中体西用”から“中国の特色を持つ社会主義”まで、すべて外国人を追い出す、あるいは閉め出して中へ入れまいとする試み続けた。つまり“排外”の二字である。アヘン戦争以後の中国人は西洋に学ぼうとしてきたが、学ぶのは“夷の技の長ぜるを師(まな)びて以て夷を制す”るためであり、西洋文明の持つ銃砲で西洋人を国内に入ってこないようにするためである。  
  中国は自身が西洋文明圏に加わることは少しも望んでいなかった。この点、“入欧”のために西洋文明圏に加わろうという日本の思考とは根本的に異なっている。  
  中国が外国人が自国へやってくるのを歓迎し外国人の投資を歓迎するようになったのは最近20年のことである。今日にいたって中国はようやく“排外”姿勢を改めた。以前の中国人は外国人を基本的に信用しなかった。外国人が中国へ来るのは“悪意”や“下心”があるに決まっているから絶対に追い出さねばならないと思い、そして外国人を追い出すことで中国人は“立ち上がる”ことになり、そしてその時にこそ中国人は幸福になれるはずだったのである。1949年以後、中国共産党によってソ連人以外の西洋人は残らず追い出されて、1960年以降はソ連人すら追い出された。文化大革命時期になると中国には中国にはほぼ一人の洋鬼子〔訳注・外国人に対する蔑称〕もいなくなり、全ての外国人を追い出すという老仏爺〔訳注・西太后の尊称〕や義和団などが長年にわたり奮闘してきた目標は達成された。
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