3・1運動、その未完の片側革命⑦
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/12/30 19:02 投稿番号: [383 / 3669]
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3・1運動の正体は?
明治維新以後、日本の政権を握っていたのは自由党だった。自由党は日本のサムライ階級、特に長州と薩摩出身のサムライ階級が中心になって構成していた、保守右翼的色彩が濃い政党で、この自由党は第2次世界大戦後、自由民主党、すなわち自民党として生き残り、いまも日本の与党として健在だ。ところで、日本の歴史上、この自由党政権が倒れたことがたった一度だけある。それは原敬が首班となって構成した原内閣が1918年に成立した事件で始まる。これは、大正デモクラシーと呼ばれる日本の民主化運動が極に達した時期と一致する。
初代朝鮮総督、寺内が日本自由党の首班として率いた寺内内閣は、失政続き(米騒動)で国民的な抵抗に直面、結局失脚し、憲法守護運動を繰り広げた自由主義人士であり、民権運動家だった原敬が首相になるや、日本での民主化熱風は力強く吹きまくった。社会主義者たちが長い冬の時代から息を吹き返し、社会運動が激烈になったのはもちろん、自由主義者、無政府主義者、それこそあらゆる種類の思想が、百家争鳴状態で殻を脱ぎ捨て、日本民主主義の成熟をもたらした時期が到来したのだ。わが国の6.29宣言を思い浮かべればよくわかるだろう。
日本最初の民主主義政党内閣である原内閣が成立したのが1918年9月、つまり3・1運動が起こるわずか6カ月前だ。何故、よりによって3・1運動が起こるちょうど半年前に、社会主義者に比較的寛容な態度を見せた民主政府が日本で樹立されたのだろうか。ああ、チョータイミングがいい。
(つづく)
これは メッセージ 382 (bosintang さん)への返信です.
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