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『イムジンガン』どう歌う1

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2009/11/20 08:03 投稿番号: [3562 / 3669]
本じゃなく歌だけど、あまりに愚かなんで晒しときます。


在日同胞北送開始から50年   『イムジンガン』どう歌う!? 2009-11-18

ビラなどを入れたアドバルーンを北へ飛ばす韓国の人たち=臨津閣で
非情の「楽園」帰国者の無念

  臨津江(イムジンガン)と聞いて、在日同胞がまず頭に浮かべるのは、南北の軍事境界線に沿って流れることから、分断を象徴する河川だということ、そしてそれ以上に、《南北に断ち切られた同族・肉親の情をかき立て、統一への思いを募らせる歌》としての『イムジンガン』であろう。だが、この歌ほど政治的な思惑に絡め取られ、同胞の心情を複雑にさせる歌もない。
  9万人以上の同胞らを北韓に送り込み、南と北そして日本と、肉親の情を新たに断ち切った「帰国事業」の第一陣出港(1959年12月14日)から50年。当時、新潟港に接岸した北送船から流れてきた『帰国同胞歓迎曲』の作詞者が、『イムジンガン』と同一人物だったのは、何たる歴史の皮肉であろうか。
  北の凍土で呻吟したまま、父祖の地である南にも、ともに生活した親知の残る日本にも帰ることのできない同胞たち。離散家族問題は韓半島南北だけでなく、在日同胞社会にも重くのしかかっている。『帰国同胞歓迎曲』はさすがに、もう歌われることはない。だが、『イムジンガン』は今も熱く歌い継がれている。北送家族を持つ同胞たちに、この歌はどう響いているのだろうか。

♪恨みをのせて流れるのか
北体制賛美の犠牲に   今、自由へ命がけ脱出

  臨津江は北韓中南部の山間を源流に、河口近くで漢江に合流して西海に注ぐ韓半島7大河川の一つだ。中・下流部が軍事境界線に沿って流れることから、南北分断を象徴する河川として名高い。
  だが、全長254㌔のうち162㌔が北側を、92㌔が南側を流れ、南北の政治的、人為的な壁を貫く自然の力の象徴でもあり、場合によっては南に猛威を振るうこともある。北側がダムを無断放流したことで水位が急上昇し、韓国の釣り人ら6人が流され死亡する痛ましい事件(9月6日)が起きたばかりだ。
  この河をモチーフにつくられた『イムジンガン』は、6・25韓国戦争の休戦から5年余の58年9月、北韓の「創建10周年の夜会」で発表された。作詞の朴世永(1902年7月〜89年2月)は北韓の『愛国歌』を作詞し、葬儀が社会葬として執り行われたほどの高名な詩人だ。作曲の高定煥(宗漢との説も)とともにソウル出身の、いわゆる越北者である。
  語り合う機会の多かった二人はときに、南に残してきた家族をともに懐かしむことがあり、自然な成り行きで、軍事境界線を越えて南北に流れる臨津江にその思いを託した歌をつくろうと、意気投合したと伝えられる。

臨津江の清き水は
流れ流れて下り
水鳥たちは自由に
行き来して飛び交うが
我が故郷は南の地
行きたくても行けないので
臨津江の流れよ
恨みをのせて流れるのか

河の向こうの葦原では
飛び立つ鳥だけが悲しく鳴き
痩せた原野では
草の根を掘っているが
共同農場の穂ごとに
波の上に踊るので
臨津江の流れを
分けることはできまい

  『イムジンガン』の原詩をほぼ直訳したものである。公にされているのは1番と2番だけだが、作詞者の朴世永と交流があった在日同胞の話によると、未発表ながら、「誰が祖国を分断させたのか」を問う内容の3番の歌詞もあるとのことだ。


この戯れ言は2に続きます。
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