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Re: 近代日本の教育と朝鮮 11

投稿者: whiterose20051 投稿日時: 2006/06/27 04:56 投稿番号: [3020 / 3669]
E   1938〜1945(解放)

この時期は、「陸軍特別志願兵制度」と対にして「第三次朝鮮教育令」がだされるなど
、日本国家が朝鮮人をも一臣民として、一兵卒として、使い捨てようとした戦時体制期
である。

日本人教員の確保は困難であり、かつその中で朝鮮に渡ってきた教員は、支配者と同じく
朝鮮を搾取の対象と見ていた。

「第三時朝鮮教育令」は、学校名称を小学校、中学校、高等女学校に統一し
、これによって「教授上の要旨、教科科目、教科課程に関しては朝鮮語以外のものは
内鮮人全く同一と」なったと主張されている。

しかしその制度として、変わったものは名称だけで、何ら新たな施策というものは
なかった。

四年制の「小学校」も、簡易学校も存在している。

日朝生徒の「別学」、日本人・朝鮮人別の学校の設立主体、経費負担においても変わる
ことはなかった。

ここでは制度よりイデオロギーの転換に、より大きな意味があろう。

この「教育」改革は、「陸軍特別志願兵制度」と対にしてだされており
、この志願兵制度は朝鮮総督府「施政三十年史」などでは、
「教育」の項に収められている。

この「教育」の性格をもっともよく示しているのは、「教育令」の公布とともに
だされた、総督南次郎の論告である。

その中では「国体明徴、内鮮一体、忍苦鍛錬」が「三大教育方針」として
強調されている。

この「教育方針」と加えて「銃後の守り」としての女子の姿の強調などが、各教科
教授内容、「生徒教養の要旨」などに現れている。

しかし、この制度を担う教員の充足は、招集による日本人教員の撃滅等により、
困難を極めた。

簡易に教員を養成する「特設講習科」の設置、「教員試験」の施行、日本内よりの教員の補充などがいわれ
「帝国教育」に「朝鮮に於ける小学校教員の募集」という記事が出たりしている(1940年11月)。

この時期、日本国内の教員にとって、朝鮮はせいぜい「内地」に対応する「外地」にしかすぎず、
個人的な意味でかせげるところという認識しかなかったのではないだろうか。

文部省当局者も、朝鮮、台湾その他の教員が、「真に国家の必要とする人物が、国家目的達成上重点的に
配置されていない」と問題視し、選考の方法を改めたりしている。
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