日帝期の教育政策⑤
投稿者: bosintang 投稿日時: 2006/06/19 21:02 投稿番号: [3003 / 3669]
投稿者: bosintang (39歳/男性/在ソウル) 2001年2月07日 午前 0時21分
メッセージ: 431 / 511
内地との比較で言えば、前の投稿の「学齢児童男75.5%、女33.1%、平均54.4%が就学」(42年12月)という状態は、併合後32年で達成されているが、内地が同じ水準に達したのは明治維新の25年後。
はて、これを遅すぎるというべきか?
台湾は42年、学齢児童の65%以上、45年に義務教育制施行で就学率70%。
>当時朝鮮半島に定住した日本人が50万人位だというが、その中での1,219人と、3000万人もいた朝鮮人の中での627人。朝鮮全土に4%しかを占めてない日本人が66%も占めたって言うことになりますね。これだけでも帝国主義者が韓国人の教育の機会を剥奪したのか見事に証明ですのではありませんか?
「教育機会」を論ずるなら京城帝大の学生数だけでなく、初等教育を含めて計算すべきでしょう。
43年
初等学校学生数218.7万(うち朝鮮人208.9万)
中等学校学生数
12.9万(9万)
専門学校・大学
1.7万(1.1万)
朝鮮人学生総数219万にたいし、日本人学生総数14万で、約15:1
人口比は朝鮮人2583万、日本人76万で、約34:1
韓国人の教育機会は日本人の2分の1以下であり、日本人の集住地域が都市で、農村にくらべ教育を受けるうえで有利だった事情も考慮してもなお、相当に隔たりが大きい。
これは メッセージ 3002 (bosintang さん)への返信です.
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