Re: 近代日本の教育と朝鮮 ①
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/06/15 22:15 投稿番号: [2916 / 3669]
横から失礼します。書き込み興味深く拝見させていただいています。ちょっと、いくつか意見と質問を申し上げます。(二回に分けます)
>佐野が述べようとしているのは日本に置いては富国強兵のために国家の意思を国民へ浸透させるために教育を行ったと主張している。
私はこれは佐野氏の考え方がおかしいと思います。(佐野の冒頭の「国家によって統轄された近代公教育(制度化された学校教育)は、それ自体が国家による民衆の支配である。」に関係します。)
日本の近代教育(学制)の原点にある「邑(むら)に不学の戸なく家に不学の人なからしめんことを期す」とする「被仰出書」の実学教育を中心とした理念をそのままに民衆支配へとつなげるにはどこかに無理があるのではないかと。
教育における国家の管理統制はもう少しあとの話です。
また、佐野は「最初の目的は対外侵略の兵隊作りであり」と書いているように、「富国強兵=対外侵略の兵隊作り」という認識のようですが、私は富国強兵とそれをイコールにすべきものであるとは思いません。
正直なところ、佐野は「民衆」と言う名を自らの理屈の都合のよいようにイデオロギー化して用いている嫌いがあるように感じます。
>原因は多く民族、多言語でそのうえ国家財政が乏しいし、大国のエゴに振り回されている等
さまざまな原因があります。
だからこそ、日本はその後、明治13年の改正教育令と教育勅語を経る中で富国強兵と、国語教育に重点をおいた教育へと転換したのではなかったでしょうか。
>それはもう列強には再度攻撃する力はなかったということです。当時保持していた植民地の経営で経済力の大きな負担になり新しく領地を獲得する余力はなかったということです。
私はよく知りませんが、これは歴史学において、ある程度定説として認められているものでしょうか。ロシアの南下政策もこの時点ですでに余力はなかったと。ほかの列強も勘違いの日本以外は同様であったと。
これは メッセージ 2911 (whiterose20051 さん)への返信です.
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