近代日本の教育と朝鮮 ④
投稿者: whiterose20051 投稿日時: 2006/06/15 18:32 投稿番号: [2906 / 3669]
一、植民地朝鮮における日本の教育政策
従来、教育研究は、国家、民族等を単位として行われてきた。
しかし、そのために他地域、他民族との交流についての考察が、軽んぜられたことはないだろうか。
具体的に日本教育史研究の場合で考えてみよう。
他民族との交流のうちでも、受けたものと与えたものではその扱いが違う。
例えば古代における朝鮮、中国からの文物の輸入、新しくは占領期教育改革等、他との交わり
が、その域内における変化の要因となったものに関しては、それを語ることを欠くことはない。
しかしその反面、自らが他に影響を及ぼしたことについては、どれだけ反省的でありえたであろうか。
例えば、植民地支配という関係にあった日本と朝鮮の場合である。
日本教育史研究と朝鮮教育史研究はまったく別個に行われており、それには相応の根拠も存在はする。
しかし両者で扱いは違う。
植民地と去れていた側、ここでいえば朝鮮の歴史が記述される場合には、其の抵抗運動に主眼が置かれるなり、
植民地支配の虚構性がいわれるなりという形であっても、とにかく何らかの形で植民地支配の存在は
語られている。
それに反して、その植民地支配を行った側、日本の歴史を語る場合には、その植民地支配を行ったことに
対する言及がないままに、その歴史が記述されることが少なくない。
このような歴史のとらえ方は、その対象を地域、民族に限定する場合であっても、正当なものとなり得る
であろうか。
植民地支配に関しては、次の諸点を考えてみても、植民地支配を行った側において植民地支配を
記述することの重要性がわかるであろう。
一.植民地支配を押し進めた政策決定過程には、それを進めた為政者におけるそれなりの必然性があるはずである。
そこには国内外におけるすべての情勢が反映し、そのすべての政治、経済、社会活動によって
植民地支配は成立したといえよう。
そうであれば、植民地支配という結果をもたらした当時の日本の状況、歴史を語るときに、その結果を抜きに語る
ことはできないはずである。
このことは教育の分野についても妥当するであろう。
ニ.植民地の存在は、必然として、植民地人民の植民本国への流入、移入を生んでいる。
研究を地域的に限定する場合でも、植民地をもっている以上、他民族との関わりを無視することはできない。
具体的に日本の場合でいえば、在日朝鮮人・台湾人の存在であり、彼らがどのように処遇されたかという問題である。
多くの日本教育史研究、特にその教育政策としての研究は、日本国民の大多数を対象とする教育政策・制度に
その意味、特質を求めようとした。
そのため植民地における政策への言及だけでなく、国内における問題であっても、在日朝鮮人・台湾人の教育、
アイヌの教育など、その社会に存在する多くの「少数者」の問題を切り捨ててきた。
しかし、このような「周辺」からこそ、近代における「教育」の形態である、国家によって組織される
「教育」の本質は明かにされ得ると考えられる。
従来、教育研究は、国家、民族等を単位として行われてきた。
しかし、そのために他地域、他民族との交流についての考察が、軽んぜられたことはないだろうか。
具体的に日本教育史研究の場合で考えてみよう。
他民族との交流のうちでも、受けたものと与えたものではその扱いが違う。
例えば古代における朝鮮、中国からの文物の輸入、新しくは占領期教育改革等、他との交わり
が、その域内における変化の要因となったものに関しては、それを語ることを欠くことはない。
しかしその反面、自らが他に影響を及ぼしたことについては、どれだけ反省的でありえたであろうか。
例えば、植民地支配という関係にあった日本と朝鮮の場合である。
日本教育史研究と朝鮮教育史研究はまったく別個に行われており、それには相応の根拠も存在はする。
しかし両者で扱いは違う。
植民地と去れていた側、ここでいえば朝鮮の歴史が記述される場合には、其の抵抗運動に主眼が置かれるなり、
植民地支配の虚構性がいわれるなりという形であっても、とにかく何らかの形で植民地支配の存在は
語られている。
それに反して、その植民地支配を行った側、日本の歴史を語る場合には、その植民地支配を行ったことに
対する言及がないままに、その歴史が記述されることが少なくない。
このような歴史のとらえ方は、その対象を地域、民族に限定する場合であっても、正当なものとなり得る
であろうか。
植民地支配に関しては、次の諸点を考えてみても、植民地支配を行った側において植民地支配を
記述することの重要性がわかるであろう。
一.植民地支配を押し進めた政策決定過程には、それを進めた為政者におけるそれなりの必然性があるはずである。
そこには国内外におけるすべての情勢が反映し、そのすべての政治、経済、社会活動によって
植民地支配は成立したといえよう。
そうであれば、植民地支配という結果をもたらした当時の日本の状況、歴史を語るときに、その結果を抜きに語る
ことはできないはずである。
このことは教育の分野についても妥当するであろう。
ニ.植民地の存在は、必然として、植民地人民の植民本国への流入、移入を生んでいる。
研究を地域的に限定する場合でも、植民地をもっている以上、他民族との関わりを無視することはできない。
具体的に日本の場合でいえば、在日朝鮮人・台湾人の存在であり、彼らがどのように処遇されたかという問題である。
多くの日本教育史研究、特にその教育政策としての研究は、日本国民の大多数を対象とする教育政策・制度に
その意味、特質を求めようとした。
そのため植民地における政策への言及だけでなく、国内における問題であっても、在日朝鮮人・台湾人の教育、
アイヌの教育など、その社会に存在する多くの「少数者」の問題を切り捨ててきた。
しかし、このような「周辺」からこそ、近代における「教育」の形態である、国家によって組織される
「教育」の本質は明かにされ得ると考えられる。
これは メッセージ 2896 (whiterose20051 さん)への返信です.
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