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李玉『朝鮮史』他

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/11/09 01:31 投稿番号: [237 / 3669]
日帝時代の農民の窮乏を伝える資料はいろいろある。

「わずかばかりの畑に飢えた麦でさえ成熟するまで待ちきれずに,まだ実も固まらない乳熟期に刈り取って精白し,されにこれを粉にして粥を作ってすすっている有り様だ。それでもまだ麦ができるようになれば多少とも潤うけれども,4〜5月のいわゆる春窮期には,草の芽を摘み,木の根を堀り,木の皮を剥ぎ,アカシヤの花をとってやっと生命をつないでいる。だからだれもが弾力なくふくれあがって栄養不良となり,むさ苦しいオンドルで水ばかり飲んで寝ころんでいる。ある農業指導員から『農民はもっとも多忙な田植えのときさえ,粟飯でも二度三度食べているものはほんのわずかでしょう』と聞かされて驚いた」(1933年6月12日「大阪毎日新聞」)

「ただでさえ不足がちの,朝鮮人消費用の米は減っていき,大多数の人々は,草根木皮を食べて生きなければならぬありさまであった」(宇垣一成総督の1934年の談話,李玉『朝鮮史』1982クセジュ文庫)

「過去多年の搾取誅求に悩まされて,心のうちは著しく荒廃し,いわゆる酔生夢死,奮発心も感激性もすり減って希望も理想も意気もない」(宇垣総督)(鄭在貞『新しい韓国近現代史』)

「農家,特に小作農の中には,秋の収穫期に小作料と借用食糧および債務利子を支払えば,あとには稲を脱穀した台と籾を入れていたパガジしか残らないという,惨憺たる状態にあるものも少なくない……。自ら食糧を生産しながら,自身はこれを食べることができず,端境期になると,もっぱら草根木皮で生命をながらえることが多い」(京城日報社編『朝鮮年鑑』1940年版)

でも、農民は死ななかった。
日帝時代、記録に残るような大量餓死はなく、人口は倍増した。

http://messages1.yahoo.co.jp/bbs?.mm=TR&action=m&board=1835396&tid=4z9qa1a6dabaafbfma4acffckdcbfma4xbcu baaa1a6hbfbeja49a4kbel&sid=1835396&mid=577

ぼくは、このような状況が現出したのは、長い日帝時代の一時期、限定された地域のことだったのだろうと思ってます。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=a4a4a4a4a4aba42a4sa4ka47a4mffckdcbfm &sid=1835396&mid=165
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