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佐木隆三自筆年譜

投稿者: bosintang 投稿日時: 2004/12/27 17:42 投稿番号: [2359 / 3669]
>著者:佐木 隆三氏は帰化した元在日朝鮮人であるということです。

ソースをお願いします。


佐木隆三

年譜

昭和十二年(一九三七年)
四月十四日(戸籍上は十五日)、朝鮮威鏡北道吉州面で生まれた。本名は小先良三。父は弥一、母はステ。兄二人、姉一人で、末っ子だった。もともと父は、広島県で農家の長男だったが、昭和の初めに「一旗あげるために」、田畑を売り払って朝鮮に渡った。母は福岡県の生まれで、小学校を卒業すると紡績女工になった。どのようないきさつで結婚したのかは知らないが、植民地朝鮮では裕福に暮せて、両親にとっては輝ける時代だったらしい。

昭和十六年(一九四一年)四歳
暮に帰国。鉱山で働いていた父が、呉の海軍に召集されたため、母が外地での生活に不安を感じて、子ども四人を連れて引揚げたのだった。

昭和十九年(一九四四年)七歳
四月、広島県高田郡小田村立小田東小学校入学。中国山脈の山あいの寒村で、比較的のどかに暮した。ただし、敗戦を境に、非農家の母子家庭はたちどころに困窮する。上等兵曹の父は、公報によれば、昭和二十年七月にフィリッピンの、ミンダナオ島ザンボアンガで戦死した。

昭和二十五年(一九五〇年)十三歳
六月、福岡県八幡市立花尾中学に転校。農村での生活をあきらめて、母の親戚の居る八幡へ移ったのだった。その直後に朝鮮戦争が始まり、特需ブームが起る。長兄が八幡製鉄所に就職し、生活がすこしずつ安定してきた。

以下略

※著者自筆(昭和51・5)―講談社文庫『ジャンケンポン協定』(昭和51年6月15日)所載

http://www.rc.kyushu-u.ac.jp/~hanada/sukajin-sa-sa.htm#sakiryuzo-nenpu
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