『朝鮮異聞』1882という
投稿者: mochikokuhou02 投稿日時: 2004/11/28 08:40 投稿番号: [2344 / 3669]
明治はじめの草双紙が国会図書館の電子ライブラリー(※HPより検索閲覧)にあるのを、以前よんでみました。草双紙は江戸時代からあった漫画新聞みたいなものです。頑迷に開国をしぶり、秀吉の侵略だあと時代錯誤の逆恨みを続け、開国したらしたで国ぐるみで外国人を襲い、くるった支配者がわるだくみを凝らし発作的に大暴れする120年前の朝鮮人の姿は、いまの金正日や南北朝鮮人の姿と全く変わりがありません。冥王星の1年は600年くらいかかるのだそうですが、宇宙人が海の向こうのすぐそばにいるなんてことは、つくづく迷惑な話です。
喜び組といいテポドンといいK号といい大韓核兵器研究所といい、精神は李朝。開国わずか6年、ミン妃らのネコババが主因の内乱が、当の犯罪者の命令でいつしか排外白色テロにすりかえられた壬午軍乱。国がびんぼうなのは外国人がぜいたく品を売ったせいむにだ、近代化を教え、支援しているせいはせよ。知能に障害があり、王位に就けなかったことを積年の大怨として酒びたりの日々を送っていた大院君がときの声をあげ、今もまいにち市庁舎前にすわりこんで身構えている血に飢えた愚民が支離滅裂に随う・・・その当時からみじんの成長もありません。援助だの、難民受け入れだのと大合唱している朝日さんはきっと歴史を知らないのでしょう。何の根拠があってたかが援助で「かれらが更正する」などといえるのか。カネもあり、情報があっても、辛グアンスは拉致を働いた。金大中は濃縮した。保護併合のうえにIMFをつくってまでして巨大な援助をしても、逆恨みとたかり生活は果てることなく続いています。
現実を見ることのできない者が、歴史をしることなど到底できません。明治初めの絵草紙にみえる朝鮮人は、まさしく「朝鮮人」でした。おもわず笑ってしまうほどです。110年前の朝鮮を旅したイザベラ・バードの『朝鮮紀行』(講談社学術文庫)を読んだときも、おなじ感想をもったものです。イザベラは「くずのような」朝鮮人が正直に働き真人間の生活をつかむには、日本などの先進国が指導しなくてはならないなどと、今となっては迷惑な主張を書き残しています。使命感にもえ、朝鮮の開国などにわざわざ苦労する滑稽な明治の人々やイザベラのようなヒューマニストたちの姿は、さながらいまの政治家やマスコミ正義そのもののように見えます。なぜかかわるのか。野蛮こそが、覇気のないかれらにとっての喜びなのに。せっかく独立して本来の「のろまの星」にかえっていったのに。
銀河鉄道999という名作マンガを読んだ人は、メーテルと鉄郎がさまざまな「おばか」の星に立ち寄る場面をみたことでしょう。人類の常識や幸福のルールを全く逸脱したそれらの星人に幼い読者はあきれたり震撼したりしますが、けっきょくマンガですから、とどのつまりは身勝手の果てに星ぐるみで自滅したりします。すんでのところで星を離れた汽車の窓から破滅する星の残骸を眺めつつ、メーテルは長いまつげもせつなげに、鉄郎を教訓するわけです。鉄郎、地球は不思議よ。わざわざ宇宙の果てまで行かなくても、「地上の楽園」などといういかさまな「星」がすぐそこにあるんだもの・・・・
鉄郎 「・・・・」
歪曲された今日の歴史本にみえるような、ワンパターンの愛韓ごますりや机上の空論、ひとりよがりの嘘の説明は、何かを大きく隠しています。むしろくもりのない当時の史料こそ現代に大切な教訓をあたえてくれるのではないでしょうか。(つづく)
喜び組といいテポドンといいK号といい大韓核兵器研究所といい、精神は李朝。開国わずか6年、ミン妃らのネコババが主因の内乱が、当の犯罪者の命令でいつしか排外白色テロにすりかえられた壬午軍乱。国がびんぼうなのは外国人がぜいたく品を売ったせいむにだ、近代化を教え、支援しているせいはせよ。知能に障害があり、王位に就けなかったことを積年の大怨として酒びたりの日々を送っていた大院君がときの声をあげ、今もまいにち市庁舎前にすわりこんで身構えている血に飢えた愚民が支離滅裂に随う・・・その当時からみじんの成長もありません。援助だの、難民受け入れだのと大合唱している朝日さんはきっと歴史を知らないのでしょう。何の根拠があってたかが援助で「かれらが更正する」などといえるのか。カネもあり、情報があっても、辛グアンスは拉致を働いた。金大中は濃縮した。保護併合のうえにIMFをつくってまでして巨大な援助をしても、逆恨みとたかり生活は果てることなく続いています。
現実を見ることのできない者が、歴史をしることなど到底できません。明治初めの絵草紙にみえる朝鮮人は、まさしく「朝鮮人」でした。おもわず笑ってしまうほどです。110年前の朝鮮を旅したイザベラ・バードの『朝鮮紀行』(講談社学術文庫)を読んだときも、おなじ感想をもったものです。イザベラは「くずのような」朝鮮人が正直に働き真人間の生活をつかむには、日本などの先進国が指導しなくてはならないなどと、今となっては迷惑な主張を書き残しています。使命感にもえ、朝鮮の開国などにわざわざ苦労する滑稽な明治の人々やイザベラのようなヒューマニストたちの姿は、さながらいまの政治家やマスコミ正義そのもののように見えます。なぜかかわるのか。野蛮こそが、覇気のないかれらにとっての喜びなのに。せっかく独立して本来の「のろまの星」にかえっていったのに。
銀河鉄道999という名作マンガを読んだ人は、メーテルと鉄郎がさまざまな「おばか」の星に立ち寄る場面をみたことでしょう。人類の常識や幸福のルールを全く逸脱したそれらの星人に幼い読者はあきれたり震撼したりしますが、けっきょくマンガですから、とどのつまりは身勝手の果てに星ぐるみで自滅したりします。すんでのところで星を離れた汽車の窓から破滅する星の残骸を眺めつつ、メーテルは長いまつげもせつなげに、鉄郎を教訓するわけです。鉄郎、地球は不思議よ。わざわざ宇宙の果てまで行かなくても、「地上の楽園」などといういかさまな「星」がすぐそこにあるんだもの・・・・
鉄郎 「・・・・」
歪曲された今日の歴史本にみえるような、ワンパターンの愛韓ごますりや机上の空論、ひとりよがりの嘘の説明は、何かを大きく隠しています。むしろくもりのない当時の史料こそ現代に大切な教訓をあたえてくれるのではないでしょうか。(つづく)
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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