謎
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/11/05 23:57 投稿番号: [231 / 3669]
>朴裕宏
???−1888
日本陸軍士官学校生徒
>1911年韓国併合の時、大韓帝国から日本陸軍士官学校に留学していた生徒が
夜の青山墓地に集まり「これから如何しようか」と密談した。
と記述があります。
では彼らは何故に夜の青山墓地だったのでしょうか、
士官学校の先輩朴裕宏の墓の前に集まったのではないでしょうか。
う〜む、おもしろいですね。
ありうる話だと思います。
金玉均は、81‐84年に日本に三たび往来しながら、徐載弼ら50余名の日本留学生派遣に努力し、実現させたそうです。徐載弼は戸山陸軍学校に留学したから、朴裕宏もその50余名の一人だったかもしれない。
朴裕宏が死んだ88年といえば、金玉均は札幌に幽閉中ですね。
金玉均はクーデターに失敗したあと、日本に亡命。日本政府は彼の亡命を,対清外交の障害とみて86年8月から小笠原諸島,88年8月からは北海道札幌に幽閉しました。
朴裕宏は死の床で、自分の恩人、金玉均のことが片時も頭から離れなかったのではないかな。
これは メッセージ 230 (piment999 さん)への返信です.
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