朴裕宏先生、少し判り更に謎が深まる②
投稿者: piment999 投稿日時: 2001/11/02 23:30 投稿番号: [230 / 3669]
朴裕宏日本陸軍士官学校生徒
此れだけでしたが、私の少ない記憶の一つだけ蘇りました。
山本七平「洪思翊中将の処刑」この中に
1911年韓国併合の時、大韓帝国から日本陸軍士官学校に留学していた生徒が
夜の青山墓地に集まり「これから如何しようか」と密談した。
と記述があります。
では彼らは何故に夜の青山墓地だったのかでしょう、
士官学校の先輩朴裕宏の墓の前に集まったのではないでしょうか。
朴裕宏先生の墓の左面に「光武四年」とあります。
この年は1900年ですから韓国併合の年には既にあったでしょう。
後の洪中将始め大韓帝国軍人の留学生は、朴裕宏先輩の墓があるからこそ
夜の青山墓地に密かに集まり今後を論議したのではないだろうか。
しかし、故山本七平さんの「洪思翊中将の処刑」には大韓帝国軍人朴裕宏先生の名前は出てきません。
これは不思議な事であり、ミステリーです。
このへん楽しみながら、今後も調べてみたいです。
これは メッセージ 229 (piment999 さん)への返信です.
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