金時鐘の少年時代
投稿者: Anastasia99 投稿日時: 2001/07/26 10:29 投稿番号: [197 / 3669]
大阪在住の詩人・金時鐘が、92年か93年秋頃発行『思想の科学』に書いた文章を読みました。
日帝植民地朝鮮での少年時代は楽しかったそうです。遊びまわったふるさとの景色、夜の暗闇に浮かぶちょうちん行列の興奮、今もあまやかに思い出すことばかりだそうです。
しかし、ふと気がつくとそれは朝鮮の山河を背景としているにもかかわらず、みな日本語による、日本的な風景であり、それが悲しいのだと彼は書いています。朝鮮人として生きているにもかかわらず、少年時代の記憶から母語と母国の風景が欠落していること、それが恨であるということなのでしょう。
どんなことでも多面的に語るのは難しいことです。少しでも「あのころはよかった」と言えば「親日派」となり、「売国奴」と呼ばれてしまう。
そもそも「親日派」=「売国奴」という構図がすんなり成り立つのがおかしいと思いますけどね。誰もそんなことを考えないのでしょうか。
これは メッセージ 194 (bosintang さん)への返信です.
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