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「日本帝国の申し子 Ⅲ」

投稿者: acura95_87 投稿日時: 2004/03/13 09:06 投稿番号: [1940 / 3669]
「日本帝国の申し子」カーター・J・エッカート著   抜粋

問題はこのような偉業がどうやって達成されたのかである。どのようにして必要な資金を調達し、必要な原料や工業技術を確保し、朝鮮だけでなく満洲や中国にまで及ぶ巨大な販売網を確立することができたのか。しかも完全に孤立した状態で、あるいは植民地の権力構造と日本の資本主義システムに逆らってである。この難問に答えるのは、どれほど想像力に秀でた学者であっても難しいだろう。だが、この問題が提起されることは決してない。たとえば趙は次のように述べるのみである。日本の植民地支配のもとでは「日本の大資本と競争しながら会社を成功に導くことは、確かに簡単なことではなかった」が、京紡のめざましい業績は経営陣の「合理的な経営手腕」の結果であった。

神話というものがすべてそうであるように、この話も一片の真実を含んでいる。京紡の株主の大部分が朝鮮人であったことは事実である。また、可能なかぎり朝鮮人技術者を使っていたことも事実である。さらに、この会社について調べた者なら、金季沫とその部下の経営手腕を否定することはないだろう。しかし、京紡クラスの規模と資力を誇る企業が、植民地政府や日本の民間資本と緊密な協力関係をもたずに発展し生き残ったというのは、まさに理性と常識に反する主張である。それどころか、朝鮮の民族資本といえるものが、少なくともある一定の期間、日本の政治的・経済的支配の枠組みのなかで、はたして存在したかどうかは重大な疑問なのだ。

神話から事実へと目を向けると、京紡の物語は神秘性を失うが、より興味深く意義のあるものになる。京紡という企業は植民地の権力構造から孤立し、日本の資本主義と対立していたのではない。それどころか両者との緊密な関係のなかで成長を遂げ、1945年には、日本から朝鮮、アジァ大陸にまで広がる帝国主義経済ブロックの重要な一部となっていたのである。
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