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「日本帝国の申し子 Ⅳ」

投稿者: acura95_87 投稿日時: 2004/03/13 09:16 投稿番号: [1941 / 3669]
「日本帝国の申し子」カーター・J・エッカート著   抜粋

朝鮮の学者は南北を問わず、ナショナリズムという見地から朝鮮の歴史を説明しようとする。しかし朝鮮におけるナショナリズムは歴史が浅く、19世紀後半に帝国主義への反動から生まれ、植民地統治の経験を経て強まったものである。もちろんそれまでにも、朝鮮人は民族、言語ともに周囲の国とは異なることを自覚していたし、王や支配王朝に対しても忠誠心を抱いていた。しかし19世紀後半までは、国家としての「朝鮮」という概念や、同じ半鳥に住む同胞の「朝鮮人」に対する忠誠心はむしろ希薄だった。それよりはるかに強かったのは、王に対する忠誠心に加えて、村や地域、そしてなによりも氏族、家系、肉親、血縁集団への帰属意識だったのである。

とくに支配階級にとっては、ナショナリズムという概念はなじめないどころか、野蛮なものにさえ映ったことだろう。少なくとも七世紀以降、支配階級は文化的にはみずからを朝鮮人というより、中国を中心とする大きな世界文明の一員と考えていた。朝鮮の王位は、かたちのうえでは中国の皇帝によって与えられる地位であったし、宮廷人や貴族のあいだでは中国語が書き言葉として用いられた。また中国の哲学や文学の古典が、あらゆる教育の基礎となっていた。朝鮮の支配階級にとって、中国文化に触れないことは野蛮人となるに等しかったのである。

李朝の初期、こうした中国文化崇拝は、事大主義と呼ばれる外交政策として具体化する。事大とはつか「偉大なるものに事えること」で、「偉大なるもの」とはすなわち中国にほかならなかった。ある意味で、事大主義は巧妙な外交戦術ともいえ、これによって朝鮮は偉大なる国家(当時の一般的な儒教用語でいうところの「兄」)から恩寵、庇護、そして洗練された文化を手に入れたのである。外国に対するこのような崇拝と服従は、朝鮮の支配階級に存在しえたかもしれない民族意識を大いに弱めるところとなった。

支配階級のなかの革新派は中国に見切りをつけ、新たな世界文明の模範として西洋と日本に目を向けはじめたのである。日本を理想と仰いだ初期の両班階級の改革派の人々は、日本と朝鮮の正式な政治的合併など考えてもみなかったのだが、1904年から1910年のあいだに出現した「一進会」と呼ばれる過激な改革派は、日本を反西洋文明、汎アジア文明の中心に据え、朝鮮の保護国化と日韓併合を公然と支持したのである。

イルクジさん   今日から   Jリーグ開催です。横浜FMの安選手大丈夫ですかねー。
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