民乱について
投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/12/20 12:14 投稿番号: [1726 / 3669]
>朝鮮末期,大韓帝国期の民乱ではたいして人口は減ってはいないでしょう、
朝鮮末の民乱は,無数にありますが,大きいものでは次の三つですね。
1811年平安道農民戦争,1861年晋州農民戦争,1894年甲午農民戦争。
原因は「三政」(田政:地租その他付加税の搾取,軍政:軍役の代わりの軍布搾取,還政:窮民に政府米を高利で貸し付ける搾取)に対する不満。
特に軍政がめちゃくちゃで,16〜60歳が対象なのに幼児や故人に対しても課し,負担に耐えられなくなって逃げ出すと,一族に連帯責任を取らせた。
一方,ちょっと権勢があるものは,あらゆる方法で税を逃れ,それを常民に転嫁した。
これに加えて19世紀は天災と疾病が頻繁に起こって,慢性的な飢饉状態だった。
民乱の直接の犠牲者は,最大の甲午農民戦争でも農民側兵力2万,鎮圧側(政府軍・日本軍)1万で,農民側が玉砕したわけじゃなかろうから,たかが知れてますが,この時期の苛斂誅求,収奪,天災,伝染病による餓死,病死は,やっぱりかなり多かったでしょう。民乱が鎮圧されたあとの報復的収奪も,すさまじかったらしい。
>それより朝鮮での人口増加には併合による食料事情の好転が不可欠だったのです。
食料増産の原因として,①新田開発,②灌漑,③農業技術向上(品種改良,農薬使用)などが考えられるけれど,どれも効果が出るのは20年代以降でしょう。10年代の人口急増の説明には使えないのでは。
やはり,私のとしては,婚姻革命が大きいように思います。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1&sid=1835396&mid=1678あと,朝鮮人地主の無法的収奪が規制され,働く意欲が刺激された,とか。
これは メッセージ 1719 (kusuo1 さん)への返信です.
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