>吏讀の起源
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2003/11/30 14:38 投稿番号: [1626 / 3669]
吏讀はソルチョンが作ったものという言及が「帝王韻紀」ほかによって言われて来ていますが、これはある個人が作ったとすべきではなく、むしろそれまでの表記法をソルチョンが「整理し」て経書を注解したものと見るのがよさそうです。
吏讀についてはその初期形態は高句麗の資料に求められます。具体的には四種の高句麗城壁石刻銘があげられるようです。百済の資料は見つかっていないものと思われます。とにかく、こうした所期形態が新羅に受け継がれて吏讀が発達したのではないかと推測できそうです。
万葉仮名については韓国の学者がずいぶんと研究していますが、半島との関係について具体的な関係を明らかにしたものとして高く評価される話はどうも聞きません。百済と比較の可能性は充分にありえるでしょうがいかんせん資料がありません。
あるいは単純に考えれば、仮名で自国語を表記する方法・知識のみを日本が受け入れて日本語の発音に相応しいやり方を万葉の時代に独自に模索したのかもしれません。慎重さが求められるところです。
これは メッセージ 1625 (trek022 さん)への返信です.
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