◆コリア関連書籍◆

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

つづき

投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/08 00:32 投稿番号: [1398 / 3669]
  マリアの家は海辺にあった。広い庭には背の高い椰子の林があり,快い風がその中を吹き抜けてくる。数羽のニワトリを追い回して飛び跳ねていた犬が,わたしのほうを向いて吠えると,その後ろからマリアの母が現れた。近づけば,確かにそこには,五十代の韓国の女の表情があった。しかし,インディオの民俗衣装を身にまとった彼女は,全体としてはやはりどう見ても一人のマヤ族の女としか見えなかった。

  マリアの母親は,小さな時に,韓国からこの土地,メキシコの南,ユカタンまで父に連れられて来たと言った。そしてすぐ父を失い,マヤ族の中で一人で育ったことを話してくれた。

  彼女は,韓国とはどんな国か,韓国の人々は何を食べているのか,韓国は日本とは別の国なのかと,次々にわたしに尋ねた。にもかかわらず,韓国語の単語をうろ覚えに記憶していた。そして,蝶のように飛び跳ねている犬にも,「ナビ」という名を付けていた。ナビは椰子の林の中で,白い砂を蹴散らしながら走り回っていた。

  三十年近くもマリアの母は自分の国の人々に出会うこともなかったので,自分の国の風習も,地理もほとんど記憶にない。それにもかかわらず,自分の国の言葉のいくつかは一所懸命まもり続けて生きているのだ。このことは大いにわたしの心をうった。

  こんなことが縁となり,その一年後のユカタンへの旅の折も,わたしは再びこの母娘の家を訪ねた。マリアは急に大人っぽくなり,母親はますます逞しくなったと感じた。

  それからまた三年たち,旅先でのある日,予告もなしにわたしは彼女たちの家の庭に立っていた。家は静かで活気がなかった。庭もいくぶん荒れていた。出てきた母親は一挙に十年も年を取ってしまったかのようにやつれて見えた。そして重々しい口調で言った。

  ――マリアは数カ月前に死にました。あこがれのスチュワーデスになり,空を飛んで数日目に墜落したんです。

  旅での出会いと別れは,いつもこんなふうである。確かなものは何もない。こんなことを考えていると,目の前の母親も,椰子の林も,犬も,海も,すべてがずっと昔の思い出の一駒のようにさえ思えてきてしまう。

  その数年後,東京でわたしが飼った犬「ナビ」も,今はもういない。二十年の歳月はやはり長いのだ。

  そして今も確かに記憶の中で生きているあの旅先での景色といえば,わたしの目の前に立っている一人の少女のみとなってしまっているのである。


西江雅之編『日本の名随筆別巻51   異国』(作品社,1995)

  50カ国語を操るという噂のある文化人類学者西江も,韓国語はできなかったらしい。新潮文庫に彼の半生記『わたしは猫になりたかった』がある。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)