高崎宗司『植民地朝鮮の日本人』
投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/03/09 22:21 投稿番号: [1365 / 3669]
>瀬島龍三
瀬島龍三といえばシベリア抑留が思い浮かびますが、関連して最近読んだ本を一冊。
高崎宗司『植民地朝鮮の日本人』(岩波新書,2002)
敗戦時,朝鮮半島には38度線の南に約50万,北に約27万,このほか満州からの避難民が12万いたが,38度線の北にいた日本人の末路が悲惨を極めたことは,かつて別のところに書いたことがある。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&board=1835396&tid=4z9qbadfbdbba4nffckdcbfmparta32&sid=1835396&action=m&mid=57&mid=
標題本には,犠牲者の数が淡々と述べられる。
「満州からの避難民を含め,46年春までに,咸興で6261人,平壌で6025人,興南で3042人,鎮南浦で1500人,富坪で1486人,元山で1303人など,約2万5000人にのぼった。」
本書の目的は,「はじめに」にあるように,朝鮮に渡った日本の庶民が侵略の先兵を務めたという日本の植民地支配の特色を実証的に明らかにし,在朝日本人の言動を描き,それらの振る舞いが朝鮮人の目にどう映ったかを考えること,平たくいえば,在朝日本人を「批判的に」検証することである。
ほとんどが,巻末の膨大な参考文献からの引用で構成され,実際に植民地時代を経験した人々の証言が多く引かれる。
特に,開港(1876)以後,併合にいたる期間に半分以上のページが費やされており,この時期について詳しく記述した本が少ない中,貴重である。
ただ,著者は「日本の朝鮮統治が侵略であり,圧政であった」という信念をもっているため,それに符合する証言が好んで取り上げられているうらみがある。
「在朝日本人」をテーマにした本だから,日本人とともに財をなした朝鮮人地主,資本家や,日本に協力的だったいわゆる親日派がほとんど触れられていないのはやむをえないが,意図的な感も免れない。
在日朝鮮人の起源については,金達寿の『朝鮮』(岩波新書)の一例
「24年ころ,5歳だった金達寿がはじめて見た日本人は高利貸しの徳田某だった。彼は「手に猟銃を持ち,猟犬を引き連れて集落にあらわれた」。そして,「祖母や母が泣き叫ぶ中,籾俵を積み出した。ついには,役人がやってきて,家の柱や,家財道具のタンスにまで赤い紙をベタベタ貼って行ったりした。[中略]それが郷里におけるわが家のおわりであった」。金の父は25年,達寿もその後に日本へ渡った。高利貸しの徳田が朝鮮へ渡ることによって,金達寿の一家は日本へ渡るようになったのである」
のみを引き,あたかも在日が日本へ渡ったのは日本人高利貸しのせい,と読者を誤導するかのようである。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&board=1835396&tid=4z9qbadfbdbba4nffckdcbfmparta32&sid=1835396&action=m&mid=106&mid=
実際には,朝鮮人の日本への渡航は,基本的に人口増加のせいである。
このような性格の本だから,冒頭の日本人犠牲者の記述に際しても,犠牲者数を列挙するだけで,そのような犠牲を強いたソ連,北朝鮮への批判,犠牲者への同情はかけらも見られず,むしろ「自業自得」を示唆する書きぶりである。
瀬島龍三といえばシベリア抑留が思い浮かびますが、関連して最近読んだ本を一冊。
高崎宗司『植民地朝鮮の日本人』(岩波新書,2002)
敗戦時,朝鮮半島には38度線の南に約50万,北に約27万,このほか満州からの避難民が12万いたが,38度線の北にいた日本人の末路が悲惨を極めたことは,かつて別のところに書いたことがある。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&board=1835396&tid=4z9qbadfbdbba4nffckdcbfmparta32&sid=1835396&action=m&mid=57&mid=
標題本には,犠牲者の数が淡々と述べられる。
「満州からの避難民を含め,46年春までに,咸興で6261人,平壌で6025人,興南で3042人,鎮南浦で1500人,富坪で1486人,元山で1303人など,約2万5000人にのぼった。」
本書の目的は,「はじめに」にあるように,朝鮮に渡った日本の庶民が侵略の先兵を務めたという日本の植民地支配の特色を実証的に明らかにし,在朝日本人の言動を描き,それらの振る舞いが朝鮮人の目にどう映ったかを考えること,平たくいえば,在朝日本人を「批判的に」検証することである。
ほとんどが,巻末の膨大な参考文献からの引用で構成され,実際に植民地時代を経験した人々の証言が多く引かれる。
特に,開港(1876)以後,併合にいたる期間に半分以上のページが費やされており,この時期について詳しく記述した本が少ない中,貴重である。
ただ,著者は「日本の朝鮮統治が侵略であり,圧政であった」という信念をもっているため,それに符合する証言が好んで取り上げられているうらみがある。
「在朝日本人」をテーマにした本だから,日本人とともに財をなした朝鮮人地主,資本家や,日本に協力的だったいわゆる親日派がほとんど触れられていないのはやむをえないが,意図的な感も免れない。
在日朝鮮人の起源については,金達寿の『朝鮮』(岩波新書)の一例
「24年ころ,5歳だった金達寿がはじめて見た日本人は高利貸しの徳田某だった。彼は「手に猟銃を持ち,猟犬を引き連れて集落にあらわれた」。そして,「祖母や母が泣き叫ぶ中,籾俵を積み出した。ついには,役人がやってきて,家の柱や,家財道具のタンスにまで赤い紙をベタベタ貼って行ったりした。[中略]それが郷里におけるわが家のおわりであった」。金の父は25年,達寿もその後に日本へ渡った。高利貸しの徳田が朝鮮へ渡ることによって,金達寿の一家は日本へ渡るようになったのである」
のみを引き,あたかも在日が日本へ渡ったのは日本人高利貸しのせい,と読者を誤導するかのようである。
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実際には,朝鮮人の日本への渡航は,基本的に人口増加のせいである。
このような性格の本だから,冒頭の日本人犠牲者の記述に際しても,犠牲者数を列挙するだけで,そのような犠牲を強いたソ連,北朝鮮への批判,犠牲者への同情はかけらも見られず,むしろ「自業自得」を示唆する書きぶりである。
これは メッセージ 1363 (mdsky74 さん)への返信です.
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