田代和生『倭館』
投稿者: kurukuruchoki 投稿日時: 2002/11/24 15:20 投稿番号: [1307 / 3669]
百済トピックで半月城さんが話されたいた「倭館」に関する本です。対馬藩は日朝間の貿易が生命線だったとはいえ、初期の頃は、日本幕府と朝鮮王朝の間を実にしたたかに渡っていますね。倭館というのは、いくつかあって、本書の中心は「草梁倭館」についてですが、「旧倭館」もついても最初に取り上げていて、中世から近世への時代の変化が読み取れます。そして対馬藩は、独占的に輸入販売していてドル箱だった輸入品が力を落とし、かつてのような貿易的繁栄が消えて行く…。
著者の田代和生は近世日朝関係史専攻の慶応の先生で、巻末に参考文献が書き添えられていますが、豊富な資料もさることながら、中にはとても素人では読みこなせそうもない資料もあります。こういう専門家が書く入門書はありがたい。
ポイントが絞られた本なので、実の多岐に渡って「倭館」について書かれていますが、まずはその広大な面積に驚く。敷地総面積10万坪。これは、長崎にあった「唐人屋敷」の10倍、出島と比較すれば実に25倍というから、いかに広大だったかが分かります(そのうえ外交交渉で最後には朝鮮側が折れるケースが多い)。
「倭館」は貿易のためにだけあるのではなく、朝鮮の実情を調べるためにも機能していました。私は東京の文京区出身なので、個人的に興味を引いたのは、徳川吉宗が朝鮮人参を国産化しようと悪戦苦闘する様子。ご存知の通り、文京区にある小石川植物園内には、時代劇のもよく出てくる小石川養生所があったところで、8代将軍吉宗が創設し、看病人のいない極貧の病人を収容し、無料で治療を行なったとされています。
吉宗は、高価だった朝鮮人参を国産化させ、日本の大量の銀が朝鮮に流入するのを防ぎ、地場産業を育成し、値段を引き下げて庶民の手の届くようにする。そのため朝鮮王朝時代の最高峰といわれる医学書「東医宝鑑」を取り寄せ、学者らに四苦八苦させながら邦訳しようとしたり、なんとか朝鮮半島から人参の苗を日本にもってこさせようと涙ぐましい努力をする。そして、対馬藩のなどに「絶対無理だ」といわれ、栽培が難しいとされた朝鮮人参の国産化に成功し、やがて大量生産時代が到来する。
それ以外にも、朝鮮国内の人口、朝鮮官僚の種類と役割ついてやその報酬、年貢などの税収の朝鮮と中国の比較、度量衡など、「倭館」を通して調べさせたものが、その後の「享保の改革」に結びついたという。
そして、これだけ広大な異人館が200年の長きに渡って存続したから、いろいろな人間模様も繰り広げられ、敷地内に虎が侵入して、命がけで虎退治をやったり、日本人男性が朝鮮人女性を連れ込んで外交問題になったりする。不思議なのは、日本の長崎の異人館の場合、遊女の出入りが認められ、子供が出来たら条件付ながら養育も認められたいるのに対し、「倭館」の場合、たとえ妓生(キーセン)であっても、現地の女性とつきあうことは許されない(仲介者も死罪)。
現在も、統一教会の合同結婚式の国際カップルの多くは、韓国人男性に対し日本人女性が多いそうだし、韓国のテレビドラマや映画も恋に落ちる主役は、韓国人男性と日本人女性のパターンが多いそうだし、北朝鮮に拉致された日本人男性も日本人女性と結婚しているし、「よど号」ハイジャック犯の「連合赤軍」の男性メンバーも偉大なる「主体思想」を信奉する共産主義革命同志であるにも拘わらず、現地の女性と結婚せずに日本人女性と結婚している。
余程、コリアン男性は、同胞の女性が日本人男性と結びつくのを嫌うと見た!?
「倭館」 田代和生 文春新書
http://www.esbooks.co.jp/product/keyword/keyword?accd=31042985
著者の田代和生は近世日朝関係史専攻の慶応の先生で、巻末に参考文献が書き添えられていますが、豊富な資料もさることながら、中にはとても素人では読みこなせそうもない資料もあります。こういう専門家が書く入門書はありがたい。
ポイントが絞られた本なので、実の多岐に渡って「倭館」について書かれていますが、まずはその広大な面積に驚く。敷地総面積10万坪。これは、長崎にあった「唐人屋敷」の10倍、出島と比較すれば実に25倍というから、いかに広大だったかが分かります(そのうえ外交交渉で最後には朝鮮側が折れるケースが多い)。
「倭館」は貿易のためにだけあるのではなく、朝鮮の実情を調べるためにも機能していました。私は東京の文京区出身なので、個人的に興味を引いたのは、徳川吉宗が朝鮮人参を国産化しようと悪戦苦闘する様子。ご存知の通り、文京区にある小石川植物園内には、時代劇のもよく出てくる小石川養生所があったところで、8代将軍吉宗が創設し、看病人のいない極貧の病人を収容し、無料で治療を行なったとされています。
吉宗は、高価だった朝鮮人参を国産化させ、日本の大量の銀が朝鮮に流入するのを防ぎ、地場産業を育成し、値段を引き下げて庶民の手の届くようにする。そのため朝鮮王朝時代の最高峰といわれる医学書「東医宝鑑」を取り寄せ、学者らに四苦八苦させながら邦訳しようとしたり、なんとか朝鮮半島から人参の苗を日本にもってこさせようと涙ぐましい努力をする。そして、対馬藩のなどに「絶対無理だ」といわれ、栽培が難しいとされた朝鮮人参の国産化に成功し、やがて大量生産時代が到来する。
それ以外にも、朝鮮国内の人口、朝鮮官僚の種類と役割ついてやその報酬、年貢などの税収の朝鮮と中国の比較、度量衡など、「倭館」を通して調べさせたものが、その後の「享保の改革」に結びついたという。
そして、これだけ広大な異人館が200年の長きに渡って存続したから、いろいろな人間模様も繰り広げられ、敷地内に虎が侵入して、命がけで虎退治をやったり、日本人男性が朝鮮人女性を連れ込んで外交問題になったりする。不思議なのは、日本の長崎の異人館の場合、遊女の出入りが認められ、子供が出来たら条件付ながら養育も認められたいるのに対し、「倭館」の場合、たとえ妓生(キーセン)であっても、現地の女性とつきあうことは許されない(仲介者も死罪)。
現在も、統一教会の合同結婚式の国際カップルの多くは、韓国人男性に対し日本人女性が多いそうだし、韓国のテレビドラマや映画も恋に落ちる主役は、韓国人男性と日本人女性のパターンが多いそうだし、北朝鮮に拉致された日本人男性も日本人女性と結婚しているし、「よど号」ハイジャック犯の「連合赤軍」の男性メンバーも偉大なる「主体思想」を信奉する共産主義革命同志であるにも拘わらず、現地の女性と結婚せずに日本人女性と結婚している。
余程、コリアン男性は、同胞の女性が日本人男性と結びつくのを嫌うと見た!?
「倭館」 田代和生 文春新書
http://www.esbooks.co.jp/product/keyword/keyword?accd=31042985
これは メッセージ 1306 (kurukuruchoki さん)への返信です.
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