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任文桓3

投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/10/20 21:51 投稿番号: [1272 / 3669]
  任文桓が京都から東京に向かおうとして1923年9月1日,突然,木造二階建てがきしみ始めた。関東大震災である。バウトクは東京行きを断念,京都のある工場で働き始める。そこにはすでに李という職工が働いていた。
  まず,職場の人の呼び名を覚えることから始まった。旦那はん,おくさん,たいしょう(長男),ぼんぼん(次男),伊藤はん…,李どん,仙吉どん…。かんじんのバウトクは,「にん(任)どん」は呼びにくいから「じん(仁)どん」にしなはれ,というおかみさんの一言で,「じんどん」に決まる。

「彼の故郷では約束にたがえば,姓を変えるというくらいで,改姓は犬畜生にも劣ると見られる。(略)バウトクは顔を真っ赤にして,こんな意味の抗弁を述べてみたけれども,おくさんは「旦那はんのおくさんの命令は,きくもんや」の一言でどんぴしゃりであった。以来バウトクには,このおくさんが好きになれなかった。これ即ち,虐げられた少年の,挑戦に対する応戦の激流から湧き上がる感情のしぶきである。おくさんに,軽蔑など,いささかもないことを承知しながら,このしぶきを押さえられない」

  このようにして始まった日本暮らしだが,主人の家族と従業員合わせて10人の下っぱとして,あらゆる雑用を命じられるがままにこなしつつも,意外にバウトクの精神は安定している。

「支配民族と被支配民族の対峙が,この工場にはないからだ。その証拠に,先任の李どんは,仙吉どんを完全に押さえているではないか。「仙吉,仙吉」で年は同年輩でも,余すところなくこき使っている。バウトクの故郷で,こんな生意気な鮮人が仮りにもあったら,なんらかの口実で直ちに監獄にぶち込まれよう。このような精神的満足に勇気付けられ,バウトクの両頬はりんごのようにふくれ上がり,今までの栄養不足による発育の遅れを取り返すかのように,日ごとに張り切っていった」
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