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任文桓1

投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/10/20 21:48 投稿番号: [1270 / 3669]
任文桓の『愛と民族−ある韓国人の提言』(同成社,1975年)は,鄭大均が「植民地世代が残したもっとも劇的ですぐれた自叙伝」と高く評価し,その紹介にもっとも多いページ数を割いている。

  以下に,その概略を紹介します。

  任文桓は1907年,韓国併合以前の全羅北道錦山に生まれた。自伝では,まず併合初期,日本人と新付日本人(朝鮮人)の教育機会に大きな差があったことが語られる。入学条件の一つに頭を丸刈りにするというのがあり,兄はそれを拒んだために入学できず,一生を後悔したという。教育は無償ではなかったが学費は払わなくてもいくらでも待ってくれたこと,4学年の中に9歳から最高24歳までの雑多な生徒がいたこと,先生は日本人と朝鮮人が半々で二人の朝鮮人を除いて全員が腰に剣をぶらさげていたことなど,あまり知られていない事実が述べられていて興味深い。
  教育機会は都会と田舎でも差別があった。田舎の普通学校は4年制,京城のような都会では6年制。田舎出のバウトク(任文桓の幼名)は,京城の高等普通学校(朝鮮人用)に進みたかったが,6年制の普通学校を出た都会の子には勝てず,かといって中学校は日本人専用。田舎には日本人用の尋常小学校(6年制)の上に付設高等小学校があったが,これも日本人専用で,がら空きなのに入れてくれない。バウトクはしかたなく簡易農業学校に進んだ。入ってみるとほとんど学校とはいえない。2年間に,教科書一巻,ノート一冊,鉛筆一本手にしたことがなく,教室もない。あるのは100坪の養蚕室と便所のみ。バウトクはひたすら養蚕の実習をさせられた。
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