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金素雲2

投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/10/20 00:03 投稿番号: [1265 / 3669]
  これは,雑誌に発表した文章のようです。

  数えて十五年になります。そのころ私は京城に住んでいて,たまたま東京へ旅行中でした。
  ある日,宿である東京鉄道ホテルに東京駅から電話がかかりました。東京駅から私へ電話のかかる用事などは思い当たりません。誰か名前の似た人へ掛け違ったのではないかと危ぶみながら,私はその電話に出ました。
「実は,あなた様へ宛てられた電報が,こちらに配達されておりますが,あちこち問い合わせましたところ,そちらに御滞在ということで,それでお知らせするようなわけです。もう追っかけ二時間にもなるのですが――」
(略)私は恐縮しながらも電報と聞いては心が急いで,
「それはとんだ手数をおかけしました。申しかねますが,御面倒ついでに一つ電文を読んでいただけませんか」と,頼み言ったことでした。
「よろしいですとも,ちょっとお待ちになって――」
  何かためらう気配が見えて四,五秒経ちました。
「いまお読みしますが――どうかお気を落とされませんように――,あまりいいお報せではないようですが――」
  受話器を通して聞こえる打ち沈んだ憂わしげな声――,京城を発つ前に小さい男の子を入院させて来たばかりです。直感で,私には電文の内容が分かった気がしました。
「ありがとう,御心配要りませんから,どうぞ読み上げて下さい」
  落ち着いたつもりでそうは答えたものの,その時,私の声は心持ち震えていたかもしれません。
  電文はやはり想像の通りでした。入院中の男の子が息を引き取ったと報せてありました。
  十年経ち,十五年経っても,私にはその日その鉄道職員の声を忘れることができません。他人の不幸,他人の悲しみを,そのまま自分のものとなすことのできる――その真情,その良識こそは,私が命をかけて,わが郷土,わが祖国に移し植えたいと願うところのものです。そのゆえに敢えて私は,日本の「善」を識ると自負するのです。

金素雲『中央公論』1951年11月号
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