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金素雲1

投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/10/20 00:02 投稿番号: [1264 / 3669]
  次は,このトピックでも再三紹介してきた金素雲です。

  私の生まれた牧の島(絶影島)と釜山の市街とは,いまは開閉式の鉄橋になっているが当時は八トンのポンポン蒸気が往復しながら人を運んでいた。ある日,その渡船の中で,私の前に腰掛けていた朝鮮の青年が一人(島でも指折りの知識人であるが――),靴履きのまま片脚を膝へのせたという理由で,同じ牧の島の米常商店という米屋の十八,九になる日本人の小僧から,「キタナイじゃないか,バカヤロー!」といいざま,下駄履きの足で蹴りつけられるという侮辱を受けた。
  瞬間,真っ白なツルマキ(周衣)を着たその青年が,米常の小僧をつまみ上げて海に投げ込むものとばかり思ったが,それは物心づかぬ,まだ七つ八つの子供の計算で,当の青年はもとより,渡船に乗り合わせた朝鮮人の誰一人,この無法者を制裁する者がない。当人は憤りに顔を真っ赤にほてらしながらも黙ってうつむき,同船の白衣族は顔をそむけてあらぬ方へ目をやっている。面をまっすぐに向けているのは,乗り合わせた四,五人の日本人だけである。
  米常の小僧を私は憎んだが,それにもまして私は同族のその不甲斐なさ,意気地なさを憎んだ。「大きくなったら,真っ先に憤る者になろう」――その日,小さい胸に刻まれたこの誓いは五十を目の前にした今日只今まで少しも変わるところがない。殺人強盗はゆるせても傲慢無礼はゆるせない――生きてゆく上に厄介千万な私のこの性格,損な気質は,根をたずねれば四十年前のある日,米常商店の小僧君から授かったものだ。

(金素雲『こころの壁』サイマル出版会,1981年)
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