朝鮮通信使の意義ー3
投稿者: koreantiger3 投稿日時: 2004/11/21 23:05 投稿番号: [140 / 2503]
対馬藩にとって
室町幕府の時代から朝鮮通信使に関わってきた対馬の宗氏が、江戸時代には家役として朝鮮外交に携わることになり、>>通信使の派遣を執拗に要請したこともある。<<通信使の来日は、国境の海が平和であることの証であり、対馬にとって、それは確実な貿易の保証であった。
対馬の朝鮮外交には、この他に通交規程の問題、竹島問題、潜商(密貿易)問題、漂流者の送還等、いろいろあったが、通信使の事前交渉が最も重要だった。徳川幕府と、朝鮮王朝と、対馬藩と、三者それぞれ通信使にかける思惑は異なっても、それぞれに「交隣」の意義を認めていた。
1811年の通信使は、対馬で
聘礼行事を行った。これが最後となったのは、色々事情があったにしても、本来の意義を失ったからである。
これは メッセージ 139 (koreantiger3 さん)への返信です.
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