素直な朝鮮朝貢使
投稿者: k_k_kamerikkka 投稿日時: 2004/11/21 21:17 投稿番号: [137 / 2503]
小中華思想により中国に近いウリたちは文化レベルが高く遠い日本は下だという妄想によりボロボロになっていった李氏朝鮮。
妄想野郎が多かった中でも事実を素直に受け入れた朝貢使もいたようだ。
第11次朝鮮通信使節(1763〜1764)の一員だった金仁謙の日本紀行文、「日東壮遊歌」金仁謙著
高島淑郎訳注
平凡社東洋文庫 より。
大阪を見ての驚き
「三神山の金闕銀台とは
まことこの地のことであろう」
「人家が塀や軒をつらね
その賑わいの程は我が国の錘絽(ソウルの繁華街)の万倍も上である」
「北京を見たという訳官が一行に加わっているが
かの中原の壮麗さもこの地には及ばないという」
名古屋を見ての驚き
「山川広闊にして
人口の多さ
田地の肥沃
家々の贅沢なつくり
遠路随一といえる
中原にも見あたらないであろう
朝鮮の三京も大層立派であるが
この地に比べれば寂しい限りである」
江戸を見ての驚き
「楼閣屋敷の贅沢な造り
人々の賑わい男女の華やかさ
城郭の整然たる様
橋や船にいたるまで大阪、西京(京都)より三倍は勝って見える」
京都を見ての電波(笑) 典型的朝鮮人
「惜しんで余りあることは
この豊かな金城湯池が
倭人の所有するところとなり帝だ皇だと称し子々孫々に伝えられていることである。この犬にも等しい輩を皆ことごとく掃討し四百里六十州を
朝鮮の国土とし
朝鮮王の徳をもって
礼節の国にしたいものだ」
まあ、この差じゃなあ・・・仕方あるまい
http://photo.jijisama.org/EdoSeoulColor.html
これは メッセージ 136 (nikko_kamen_2001 さん)への返信です.
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