喫茶室「一服汁」

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

宗主国さまのみち 5

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/23 10:13 投稿番号: [9532 / 19672]
  ようやく乗りかえの手続きがおわり、鄭州ゆきの飛行機に乗った。
  双発の小さな飛行機であり、朴やんのいっていたようにたしかにゆれる。
「広いですねぇ。ここがぜんぶ古代のウリミンジョクのものだったんですか」
  チャングムは機体の下にひろがる大地をみていった。そういえば蚩尤と黄帝が激突した[シ豕(タク)]鹿はこのあたりであった。

  蚩尤は鉄身の神であり、その七十二人の弟たちもまた銅などの金属の体であったというから製鉄をつかさどる集団の象徴であったにちがいない。またその神話の分布によれば中国の東部に居住していたという。古代の東アジア世界において冶金という高度な技術をもっていたのは朝鮮民族に限られるから、蚩尤を祀る集団はウリミンジョクとみてよい。
「でもウリミンジョクが負けるなんて信じられない」
  たしかに蚩尤は激戦のすえ黄帝にやぶれた。しかし、チャングムのいうようにウリミンジョクが負けるということはありえない。つまり蚩尤に勝った黄帝もまたウリミンジョクであったということである。
  この戦いで黄帝軍は、蚩尤配下の雨師、風伯のおこした風雨――霧であるともいう――によってしばしば視界を奪われたのだが、
「指南車」
  のおかげで進路をまちがえることはなかった。これは方位磁針ではなく歯車のからくりによって、車の上に乗った人形がつねに南の方角を指すものであったという。このような創意工夫と発明はウリミンジョクの得意とするものであり、黄帝がなにものであるかを暗示するものであろう。

  一時間半近くかかって鄭州空港についた。
  空港には開封大学の事務員である許厳氏が迎えにきていた。ここからはバスでゆくという。
  中国のみちはウリナラと同じで右側通行であるはずなのに、なぜか私たちののったバスは、中央線を越えてほとんど左側をはしっており、ときに右側車線にもどる。
  このあたりにはバイクの後ろにリヤカーをつないだ車が多く、ゆっくりみちを走っているそれらを追い抜くために左側車線をとっているのである。もちろん対向車線からも車はやって来る。だがうまく道を避けあいなんの支障もない。
「なんて危ないの」
  チャングムの声はうわずっている。交通マナーのよい韓国人には刺戟が強すぎるのであろう。かろうじて信号こそ守っているもののじつにあぶなっかしい。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)