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宗主国さまのみち 6

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/23 10:15 投稿番号: [9533 / 19672]
  みちの両側には樹木が植えられている。それも一定間隔をたもって一重ではなく何重にもみちを囲んでいるから、計画的に植えられたものであろう。看板表示にも緑化モデル地区であるというような表記があった。
  だが、古来、このくにに樹を植えるという発想はなかった。現代になって緑化という概念ができた。それまでは、ただ木を切ってつかうだけであった。

  清代末の話であるという。宣教師が教会のそばに木の苗を植えたところ、住民たちはそれをてつだってくれた。その後宣教師は転任となってその地を去ったが、のちにおとずれたところ、成長していたはずの木はあとかたもなくなっていた。
  住民たちがすべて切って薪などにしていたのである。宣教師にとっては植樹とは心をゆたかにするために緑をふやすことであったのだが、住民にとっては大汗かいて生活物資を用意してくれたにすぎなかった。であるからこそ喜んで植樹をてつだったのである。
「しかし、またなぜ緑化にめざめたのでしょうか」
  朴やんの疑問ももっともである。

  四千年ものあいだ緑化という概念のなかった民族が急にめざめるものだろうか。しかしこたえは簡単である。みずから考えることがなかった以上、他者をまねたのである。
「ウリナラのパクリなの!?」
  チャングムがさけんだ。事実そうである。
  ウリナラでは朴正煕のときに緑化運動がはじまり、植樹記念日は休日とされ、多くの木が植えられ今にいたる。
  半万年のむかしから韓半島は風光明媚で知られており緑もゆたかであった。ところが日帝が強制占領してから景色は一変した。
  資源にとぼしい日帝はウリナラの木をすべて伐採し、日本国内にもち返って炭鉱の坑道をつくったのである。その炭鉱ではたらくのは強制徴用されたウリミンジョクであった。人も木もみな日帝の奴隷とされたのである。
  ともかくも、日帝によって緑あふれる韓半島は荒涼たるはげ山にされた。

  何十台もの二トントラックがみちの両側にとまっている光景を目にした。どうやら市場があり、農産物を持ちよって売っているらしい。
「にんにくですね」
  朴やんがめざとく見つけていった。二トントラックには網に詰められたにんにくが山のように積まれている。
  にんにくといえばウリナラを代表する食材であるが、最近では中国産が多く輸入されているときく。
「ウリナラのために奉仕してくれているのね」
  チャングムのいうほど事態は能天気なものでもない。韓国は安い中国産にんにくに対してセーフガードを発動したことがある。このとき中国は報復措置として、韓国製の携帯電話とポリエチレンの輸入を停止した。
  食べものも政治に利用するというあたり、かれらのえげつなさがよくわかる話である。
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