新しい歴史教科書の構想(7)
投稿者: chaamiey 投稿日時: 2008/01/13 06:24 投稿番号: [801 / 1474]
1905〜1945年時期の教科書執筆の方向と内容
[李栄薫(イ・ヨンフン)/ソウル大学教授]
Ⅲ 代案(翻訳続き)
二番目は同化主義のアイロニーと言うか、日本の朝鮮支配は近代文明を朝鮮に移植させたという点だ。植民地期に行われた近代文明の移植は、制度と形式に止まる場合が多かった。ところが、それは長い歴史の行路で韓国人たちを近代文明人へ発展させる重大なきっかけだった。近代的制度の移植は、まず貨幤、金融、財政の方面で推進された。続いて、前述したとおり1912年に朝鮮民事令が公布された。1910〜1918年にかけては土地調査事業が施行されて、土地の自由財産制度を確立させた。近代的な自由財産制度が成立すると、人間たちの社会生活を相異なる範疇に区分して差別して来た身分制度が解体された。その延長線上で、3.1運動以後になれば近代的な教育制度が拡大普及した。
総督府は、植民地支配の効率のために道路・鉄道・港湾・電信などの社会間接資本に大きく投資した。そのように近代的な市場環境が醸成されると対外貿易が大きく増大した。1920年代以後には日本からの資本が韓半島に渡って来るようになり、工業を発展させた。それによって植民地の経済が近代的経済成長の経路を歩み始めた。あくまでも日本資本が中心になった経済成長だったが、朝鮮人に分配される所得も増加した。朝鮮人所有の工場と企業もその数が増加したし、その過程で解放後に国民経済を担当することとなる企業家集団が成長した。新しい教科書は以上のような植民地期の社会経済的変化とその近代化の様相を、遠慮することなく、しかし静かな論調で、学生たちに教える必要がある。
三番目は、民族独立運動の範囲を社会・経済・思想・文芸の多くの方面へ幅広く拡大して、独立運動史を解放後の国民国家の建設と発展の主役としての現代韓国人が形成されて成熟する 文明史の過程として修正して書く必要があるという点だ。この点は、代案教科書を模索するにおいて一番難しく、論争的で戦略的な考慮が要請される場面だ。率直に言って、私は経済史研究者であって、その他の方面の資料は多く見たことがないから、この問題に関して自信ある主張を打出す境遇にない。そのことを前提としながら、問題提起の水準として、心に収めて来た考えを隠すことなしに示して見る。
先立って紹介したように、現行の『近・現代史』は、植民地期の歴史に「民族独立運動の展開」と言う題目をつけている。続いて設定された5つの章のうちの1つは日帝の抑圧と収奪に、残り4つはそれに対立した独立運動に割り当てられている。独立運動の中で6種の教科書が共通して高く評価しているのが、満洲と中国で展開された「武装独立戦争」と国内で展開された農民・労働者の階級運動と、 新幹会に代表される非妥協的な民族運動だ。そのほかの啓蒙的あるいは改良的な民族運動に対して、教科書は冷たい視線を投げている。独立運動史に関するこのような評価は、自己の歴史的 正統性が戦闘的な独立運動に起源を持つと信じる、あるいは信じたがる、南韓と北朝鮮の二つの国家から大っぴらな支持を受けているだけではなく、それに対する一般の韓国人たちの民族主義的支持も、難攻不落の要塞のように強健に見える。
それでも変わることのない歴史の真実は、日帝の敗亡と我が民族の解放は戦闘的な独立運動によったものではなかったという事実だ。1931年の満洲事変以来、日帝は、中国で、東南アジアで、太平洋で、帝国の版図をむりやりに拡張した。日帝が解体されたのは、そういう日帝の野心がアメリカと衝突して、アメリカによって否定されたからだ。我が民族の解放は、このように1930〜1940年代の資本主義世界体制において東アジアと太平洋を取り囲む帝国的秩序の衝突と交代によるものであって、我が民族が自力で奪取したのではない。辛く悲しいとしても、この点を正面から冷情に見つめなければならない。
[李栄薫(イ・ヨンフン)/ソウル大学教授]
Ⅲ 代案(翻訳続き)
二番目は同化主義のアイロニーと言うか、日本の朝鮮支配は近代文明を朝鮮に移植させたという点だ。植民地期に行われた近代文明の移植は、制度と形式に止まる場合が多かった。ところが、それは長い歴史の行路で韓国人たちを近代文明人へ発展させる重大なきっかけだった。近代的制度の移植は、まず貨幤、金融、財政の方面で推進された。続いて、前述したとおり1912年に朝鮮民事令が公布された。1910〜1918年にかけては土地調査事業が施行されて、土地の自由財産制度を確立させた。近代的な自由財産制度が成立すると、人間たちの社会生活を相異なる範疇に区分して差別して来た身分制度が解体された。その延長線上で、3.1運動以後になれば近代的な教育制度が拡大普及した。
総督府は、植民地支配の効率のために道路・鉄道・港湾・電信などの社会間接資本に大きく投資した。そのように近代的な市場環境が醸成されると対外貿易が大きく増大した。1920年代以後には日本からの資本が韓半島に渡って来るようになり、工業を発展させた。それによって植民地の経済が近代的経済成長の経路を歩み始めた。あくまでも日本資本が中心になった経済成長だったが、朝鮮人に分配される所得も増加した。朝鮮人所有の工場と企業もその数が増加したし、その過程で解放後に国民経済を担当することとなる企業家集団が成長した。新しい教科書は以上のような植民地期の社会経済的変化とその近代化の様相を、遠慮することなく、しかし静かな論調で、学生たちに教える必要がある。
三番目は、民族独立運動の範囲を社会・経済・思想・文芸の多くの方面へ幅広く拡大して、独立運動史を解放後の国民国家の建設と発展の主役としての現代韓国人が形成されて成熟する 文明史の過程として修正して書く必要があるという点だ。この点は、代案教科書を模索するにおいて一番難しく、論争的で戦略的な考慮が要請される場面だ。率直に言って、私は経済史研究者であって、その他の方面の資料は多く見たことがないから、この問題に関して自信ある主張を打出す境遇にない。そのことを前提としながら、問題提起の水準として、心に収めて来た考えを隠すことなしに示して見る。
先立って紹介したように、現行の『近・現代史』は、植民地期の歴史に「民族独立運動の展開」と言う題目をつけている。続いて設定された5つの章のうちの1つは日帝の抑圧と収奪に、残り4つはそれに対立した独立運動に割り当てられている。独立運動の中で6種の教科書が共通して高く評価しているのが、満洲と中国で展開された「武装独立戦争」と国内で展開された農民・労働者の階級運動と、 新幹会に代表される非妥協的な民族運動だ。そのほかの啓蒙的あるいは改良的な民族運動に対して、教科書は冷たい視線を投げている。独立運動史に関するこのような評価は、自己の歴史的 正統性が戦闘的な独立運動に起源を持つと信じる、あるいは信じたがる、南韓と北朝鮮の二つの国家から大っぴらな支持を受けているだけではなく、それに対する一般の韓国人たちの民族主義的支持も、難攻不落の要塞のように強健に見える。
それでも変わることのない歴史の真実は、日帝の敗亡と我が民族の解放は戦闘的な独立運動によったものではなかったという事実だ。1931年の満洲事変以来、日帝は、中国で、東南アジアで、太平洋で、帝国の版図をむりやりに拡張した。日帝が解体されたのは、そういう日帝の野心がアメリカと衝突して、アメリカによって否定されたからだ。我が民族の解放は、このように1930〜1940年代の資本主義世界体制において東アジアと太平洋を取り囲む帝国的秩序の衝突と交代によるものであって、我が民族が自力で奪取したのではない。辛く悲しいとしても、この点を正面から冷情に見つめなければならない。
これは メッセージ 800 (chaamiey さん)への返信です.
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