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新しい歴史教科書の構想(6)

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2008/01/12 06:49 投稿番号: [800 / 1474]
1905〜1945年時期の教科書執筆の方向と内容
[李栄薫(イ・ヨンフン)/ソウル大学教授]

(翻訳)


Ⅲ   代案

  批判だけなら無責任だ。しかし、建設的な代案を立てることは易しいことではない。理由の一つとして、今日の多数の韓国人たちが日本に対して持っているいささか過激な集団感情を挙げることができる。その点を鋭敏に意識して気を付けなければならない。去る何年かの間、親日派問題や慰安婦問題や 独島問題が提起されるたびにそうだったように、一般の韓国人たちはこれらに関して少しも他の立場を受け入れようとしない。植民地期の歴史に対して韓国人たちは硬直している。日帝の植民地支配が民族の自尊心に与えた傷はまだ深い。それに加えて過去40年間の誤った国史教育が傷をもっと深くした。

  農地の4割を奪った、米の半分を収奪した、650万の人々を強制連行した、動員された慰安婦が数十万に達した等々、一様に荒唐無稽極まる話が国史の教室を通じて若い世代に注入された。大学で私の講義を聞く学生たちは、上のような話が皆事実ではないという私の主張に一様に戸惑っている。ある学生の告白では、中・高等学校でそんな話が出る度に先生も泣いて学生も泣いたというのだ。そのようにして育った今日の20〜40代の韓国人たちを相手にして国史教科書の誤りを批判するのは、容易ではないのだ。下手をすれば現代版親日派として責め立てられるのがおちだ。だから一度に多くの変化を過激になそうとしてはいけない。そうかといって、非常に控え目に遠慮することも能がない。歴史の真実は結局勝利するものだという信念を堅固にし、勇敢に国民に向かって進まなければならない。真実は人間たちが負っている歴史の傷を治癒する。真実は人間の精神を過去の桎梏から解放する。高度な文明の先進的人間においては、歴史は怒りの清算ではなく静かな内面の省察だ。


  このような姿勢で新しい代案教科書が植民地期の歴史を書き直すに当たって堅持しなければならないいくつかの原則と言おうか、基礎的視覚は次のようなものだと思う。第一は、「抑圧とそれに対する抵抗」という既存のパラダイムを修正して発展させる必要があるという点だ。既存の教科書のように日帝が土地と食糧と労働力と女性を無茶苦茶に収奪したという式の記述は、これ以上困難だ。それに代えて、抑圧と収奪が政治・社会・経済・文化の多くの面で、明示的な制度や暗黙の規範としてどのように構造化されて行ったのかを教える必要がある。このために、まず、帝国主義の歴史として日帝の朝鮮支配が持った類型的特質を明確にする必要がある。

  周知のとおり、帝国主義の植民地支配はイギリスのインド支配に代表される自治主義と、フランスのアルジェ支配に代表される同化主義の二つの類型がある。日帝の朝鮮支配は同化主義の類型に属している。いや、同化主義の典型と言えるほど日帝は韓半島を日本領土の一環として永久に編入しようと努力した。いわゆる永久併合がそれだ。支配の基本立場がそういうものだったから、日帝は政治と経済と文化の多くの方面で朝鮮の相対的自律性を認めなかった。始めから終わりまで、日帝の朝鮮支配は憲兵と警察が大規模に動員される強圧性を特徴とした。

  そんな中、日帝の同化主義はまず経済分野で徹底的に追求された。朝鮮と日本は一つの市場に統合され、資本と商品が自由に移動した。しかし、日帝は朝鮮を政治的に差別した。朝鮮人は政治に参加する権利がなかった。税金は取りながら政治的権利は否定する矛盾が、日帝が推進した同化主義の矛盾だった。ひいては、朝鮮人は教育・賃金・就業・昇進などの社会的機会でも差別された。朝鮮の歴史と言語は否定された。新しい教科書は、以上のような日帝の抑圧的な同化政策の矛盾と限界を指摘しながら、結局、日帝の朝鮮支配は、世界資本主義の構造変化に従って早いうちに破局が不可避であったことを強調する必要がある。


(続く)
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