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〜歴史小説(5)

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2007/12/04 20:18 投稿番号: [771 / 1474]
[企画] 我々の時代の進歩的知識人   ④   趙廷来(チョ・ジョンレ)論

大河小説『アリラン』を中心として

[イ・ヨンフン | ソウル大学教授] 季刊『時代精神』2007年夏号

                (翻訳5)

3 千島の大量虐殺

  『アリラン』に登場する日本人たちは皆が悪人だ。悪魔の化身だ。彼らは限りもなく朝鮮人を殴って奪って劫奪して殺す。一方、朝鮮の人々は終りもなしに殴られ、奪われ、劫奪されて殺される。『アリラン』には、前述した土地調査事業当時の即決事例を別にすれば、日本人による朝鮮人のホロコーストが三回にわたって演出されている。義兵運動(1906〜1909)、3.1運動(1919)、千島飛行場工事(1944年)がその舞台だ。

  このうち、義兵運動と3.1運動の被害についてはこれまで歴史学者たちが取り上げて来た数字があって、小説家もそれから大きく脱していないからここでは取り上げない。ただ、小説家が、義兵運動の当時、日本軍が「一掃作戦」を展開して、義兵に係わる村に対して「家ごとに人々を追い出して男たちは射殺して」(2巻134p)、また「三光作戦」といって「全部殺して、全部燃やして、全部奪う」(5巻342p) 焦土作戦を展開して数万人の民間人が死んだと言う記述だけは、歴史的事実から大きく離れたひどい誇張であることを指摘しておく。

  ここでは、1944年に千島列島であったという虐殺について検討して見る。千島列島はクリル列島とも言って、今はロシア領だが1945年まで日本領だった。その択捉島の単冠(ヒトカップ)湾から、1941年12月、アメリカ真珠湾を攻撃した日本艦隊が出撃した。それほどの軍事的要衝だった。1943年になると太平洋戦争の情勢が傾き、米軍が北から千島列島を攻略し始めた。日本軍は急いで千島列島を軍事基地化するために大規模土木工事を行った。その時幾多の朝鮮人たちが徴発されてその工事現場に連行されて行った。『アリラン』第12巻45章「あなたは知るか」はその悲劇的な工事現場を背景にしている。

  小説によれば、工事は飛行場滑走路を整備し、周辺の山すそに飛行機の格納庫を作ることだった。小説家は、工事が行われた島と飛行場の名前を具体的に記していない。このように事件の空間背景を明確にしていない点は、小説の中の多くの他の事件でもよく確認される。私は、そういうことでは歴史小説として欠格だと思う。千島列島は、北のカムチャッカ半島から南の北海道までを連結する約30の島で成り立っている。記録によれば、そこで1943年夏から行われた大規模軍事土木工事としては、シュムシュ島(占守島)の片岡航空基地防空トンネル工事と択捉島の天寧航空基地工事が代表的なものだ。前者は菅原組という土木会社が、後者は瀬崎組という土木会社が、日本海軍の請負を引き受けて工事を進行した。労務者の徴発もこの二つの会社が担当したが、その点は小説の説明と違う。ともかく、この二つの工事のどちらかが小説の素材になったようだ。

  小説を紹介する。

  「いよいよ工事が仕上がった。1944年初夏の頃だ。日本軍は偽りの空襲警報を鳴らして1千人の朝鮮人労務者たちを防空壕に閉じこめた。そうしておいて、30分間手榴弾を投げこんで機関銃射撃を加えて彼らを皆殺しにした。防空壕の入口はコンクリートで封鎖された。防空壕の入口から何かがひたひたと流れ出始めた。それは真っ赤に咲いた。機関銃は30分以上乱射された。時間が経つに連れて血は小川のように流れ出ていた。……中略……そこへ徴用で連れられて来た1千余人は、結局一人も生き残ることができなかったのだ。千島列島の多くの島では、そんなふうに4千余人が死んだのだ。」
(第12巻158p)

(続く)
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