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上田正昭のお仕事 4

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/01/05 19:57 投稿番号: [455 / 1474]
「だいいち百済王が「倭王」を「侯王」とした段階がなかったなどとは、百済王が「侯王」たる「倭王」に与えたこの銘文をみるならば、簡単にそのように断言することはできないと思うのである。」(p.14)
 
  仮説にすぎない「「倭王」に与えた銘文」であることを与件の如く用い、「下賜」証明の論拠として用いる循環論法ですね。そしてまたしても「なかったなどとは〜断言することはできない」という「可能性」に逃げます。同じ手法を用いれば、アダムスキー型UFOだろうが何だろうが、存在を「証明」できるでしょう。
  というか、この上田の指摘、実は大問題なんです。坂元は、百済の王・侯について「過渡的な存在」であり新興貴族の勢力の均衡の上での王権の専制化の過程であらわれたものと見なしています。更に坂元は5世紀の百済について、倭に対して王族・貴族を質として充てた点や、倭の軍事的を背景に百済王になった例、更には倭の冊立によって百済王になったものの存在を指摘し、「東アジアの国際社会の中にあっては<大王>としての地位はついに認めて貰えなかったのである。」と結論しているわけです。
  つまり、坂元の所論に従えば、百済が倭に従属的な時代にこそ百済に「王」「侯」制がみられる、ということに。4世紀に王・侯がいたら、坂元の論文自体が破綻しちゃうんです。(だから坂元自身は、七支刀の解釈を述べる時には自らの「王」「侯」説を直接用いないし、同様に七支刀を「王」「侯」説の根拠に用いない。もっぱら金錫亨等を註引するにとどめ、下賜・献上いずれとも読める解釈を提示する。)
  上田君、本当に坂元論文読んでますか?君の主張、坂元論文を否定しちゃってるよ、と。
 
  さて、本「論文」の結びの語は、以下の通り。
 
「この銘文のどこにも倭王に「献上した」刀とすべき証拠はない。「帰化人史観」や「征服史観」に低迷していたのでは、この銘文の真相を解明しえないことだけはたしかである。石上神宮と七支刀をめぐる謎についても、ゆがめられた史観からの解放なしには、迫真の古代史学を進めることはできないのである。(p.14)
 
  ……解説略。

・・・・・・・

そういえば、上田正昭さんって、かの「四天王寺ワッソ」の顧問でもありましたね。
10代の頃は上田さんの本で古代歴史学を学んで楽しんだのですが、これじゃぁね・・・
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