逆説の日帝植民地(1)
投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/12/17 21:00 投稿番号: [441 / 1474]
<日帝時代とは何か>
www.nrzen.com No.22151 流れ雲 2006/12/14
http://www.nrzen.com/cafebbs/view.html?gid=main&bid=cat_05&pid=22151
照会:337 推薦:4
(翻訳その1)
我が国の人々の間の大多数にとって、日帝時代は恥かしい歴史だと認識されている。汚辱の歴史、傷ついた自尊心、それで、どうにかして歪曲して、捏造をしてでも、忘れて否定したい自虐と劣等感の源泉になっているのだ。
しかし、日帝時代は、その本質を正確に見るならば、私たちがそんなに恥ずかしがるとか自虐を感ずるものにはならない。日帝時代の傷は、無知から来る病気だ。
事実としておいてみる時、韓国人と日本人が向き合ってお互いを眺めれば、その時代が恥ずかしいと思うのは日本側だ。むしろ堂々として誇るのは、朝鮮人たちであり韓国人たちだ。
多くの人々は、表面だけを見て本質を見逃してしまう。日帝時代、その恥かしいと言われる36年の本質が何であるか、一度振り返って見よ。周辺的なこと、副次的なこと、枝葉に属するものなどをすべて取り払い、目をあげてじっとその本質を直視して見よ。何が見えるか?
イルボンノムどもが開化が少し早かったから、国力がちょっとばかり強くて軍隊が多くあったから、軍靴と日本刀で朝鮮人たちを踏み付けて支配したのが見えると言うか? それで、そのウェノムどもに牛馬のようにこき使われて虐待を受ける朝鮮人の姿が見えるか? もちろん、そういうものが見えるだろう。ところで、そんなことは、できごとだ。できごとの一片ではなく本質を見よという話だ。日帝時代の本質を。
見えない? 分からない? それではしょうがない、流れ雲が説明するしかあるまい。
日帝時代は、原住民たちを人種的、階級的、身分的、血統的に移住民たちと区分して差別しつつ、原住民たちをその地で分離して奴隷と召使いにし、その地を新しい移住民たちが占めた帝国主義諸国家の植民地経営とは百八十度異なるものだった。
そんな差別をして、冷遇し、虐待して、奴隷や下男としてこき使ったのではなく、日本の願いは、ひたすら日本と朝鮮が一つになることだった。ドイツがユダヤ人にダビデの星を胸につけさせてドイツ人とユダヤ人が区別できるようにしたのとは違い、日本は、朝鮮人の名前と日本人の名前が違って区別が生じるから、その区別を無くそうとして創氏改名という珍妙な方法まで用いて一つになろうと哀願した奴らだ。
ドイツ人は、ユダヤ人たちと、結婚はもちろん性関係を持っただけでも処罰された。ナチの法に明文化されていた。大部分の帝国主義列強たちは、自国民たちと植民地の原住民の間の通婚を法で禁止した。同じ食堂を利用することもできなかったし、汽車も同じ車両に乗ることができなかった。ほとんどの文化施設は、原住民立ち入り禁止だった。原住民の学生が移住民の学校で勉強することは、夢にも見られなかった。居住地からして区域が違った。これが植民地だ。
(続く)
www.nrzen.com No.22151 流れ雲 2006/12/14
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(翻訳その1)
我が国の人々の間の大多数にとって、日帝時代は恥かしい歴史だと認識されている。汚辱の歴史、傷ついた自尊心、それで、どうにかして歪曲して、捏造をしてでも、忘れて否定したい自虐と劣等感の源泉になっているのだ。
しかし、日帝時代は、その本質を正確に見るならば、私たちがそんなに恥ずかしがるとか自虐を感ずるものにはならない。日帝時代の傷は、無知から来る病気だ。
事実としておいてみる時、韓国人と日本人が向き合ってお互いを眺めれば、その時代が恥ずかしいと思うのは日本側だ。むしろ堂々として誇るのは、朝鮮人たちであり韓国人たちだ。
多くの人々は、表面だけを見て本質を見逃してしまう。日帝時代、その恥かしいと言われる36年の本質が何であるか、一度振り返って見よ。周辺的なこと、副次的なこと、枝葉に属するものなどをすべて取り払い、目をあげてじっとその本質を直視して見よ。何が見えるか?
イルボンノムどもが開化が少し早かったから、国力がちょっとばかり強くて軍隊が多くあったから、軍靴と日本刀で朝鮮人たちを踏み付けて支配したのが見えると言うか? それで、そのウェノムどもに牛馬のようにこき使われて虐待を受ける朝鮮人の姿が見えるか? もちろん、そういうものが見えるだろう。ところで、そんなことは、できごとだ。できごとの一片ではなく本質を見よという話だ。日帝時代の本質を。
見えない? 分からない? それではしょうがない、流れ雲が説明するしかあるまい。
日帝時代は、原住民たちを人種的、階級的、身分的、血統的に移住民たちと区分して差別しつつ、原住民たちをその地で分離して奴隷と召使いにし、その地を新しい移住民たちが占めた帝国主義諸国家の植民地経営とは百八十度異なるものだった。
そんな差別をして、冷遇し、虐待して、奴隷や下男としてこき使ったのではなく、日本の願いは、ひたすら日本と朝鮮が一つになることだった。ドイツがユダヤ人にダビデの星を胸につけさせてドイツ人とユダヤ人が区別できるようにしたのとは違い、日本は、朝鮮人の名前と日本人の名前が違って区別が生じるから、その区別を無くそうとして創氏改名という珍妙な方法まで用いて一つになろうと哀願した奴らだ。
ドイツ人は、ユダヤ人たちと、結婚はもちろん性関係を持っただけでも処罰された。ナチの法に明文化されていた。大部分の帝国主義列強たちは、自国民たちと植民地の原住民の間の通婚を法で禁止した。同じ食堂を利用することもできなかったし、汽車も同じ車両に乗ることができなかった。ほとんどの文化施設は、原住民立ち入り禁止だった。原住民の学生が移住民の学校で勉強することは、夢にも見られなかった。居住地からして区域が違った。これが植民地だ。
(続く)
これは メッセージ 1 (justina_eto さん)への返信です.
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