朴枝香教授インタビュー(7)
投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/07/28 23:43 投稿番号: [275 / 1474]
『青少年版
解放前後史の再認識』を作る
朴枝香ソウル大学教授インタビュー(下)
『解放前後史の再認識』、韓国近.現代史についての真摯な討論引き出す
[ニューライト・ドット・コム編集部 / 2006-05-16 ]
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr02000&num=1566
(翻訳7)
○理想主義者から現実主義者への変身
(問) 民族主義に対する問題意識は、いつ、どんなふうに持つようになったのですか?
私も民族主義者でした。高等学校の時から社会に対する関心が高かったんですよ。 私は京畿女子高を出ましたが、環境に恵まれた子供達がたくさんいました。環境が良くて課外をたくさん受ける学生もいたんです。私はけっこう貧しい生活でしたが、そのように課外をたくさん受ける人たちとの距離感を感じたんです。そんな訳で、どうしてこのようになるのかという批判意識がかなり強かったんです。高等学校の時から私たちの社会が公正ではないと思って、社会批判的な思考をたくさん持ちました。運動圏の言葉に説得力を感じたりしたんです。私も相当過激でした。アメリカ留学の時、レーガン大統領はとても嫌いでした。 それでアメリカをえらく強く批判するので、アメリカ人の友達から変に思われたりしました。
アメリカ人の友人たちから、「アメリカからお金をもらって勉強しながら、どうしてそんなにアメリカが嫌いなのか」と良く言われました。ところでアメリカ体験を続けて見ると、歴史上アメリカほど正義のある国はないということを認めるに至りました。理想主義的観点から見れば不足はありますが、アメリカのように欠点の少ないスーパーパワーはなかったです。19世紀のイギリスや古代ローマ、スペインなどはそうだったでしょうか? そんな国ではなかったです。
そういう具合に、アメリカの長所を見るようになったんです。国家の品格などを客観的に見るようになりました。現実主義的な接近をするようになったんです。理想主義的な判断ではなく現実主義的な立場で見た時、韓国はけっこう良くやっているということも、同時に悟るようになりました。大部分の発展途上国と比べて見れば、1945年以後の韓国の歴史は、望ましく、よくやって来たのです。
(問) 史学をする人々が理想主義的観点を持つようになったら、どんな危険がありますか?
史学をする人々が理想主義的観点を持つようになれば、その時代のありのままの真実を伝達するのに障害が発生します。危ないですね。哲人、道徳君子、芸術家ならそういう観点を持っても良いですが、歴史学者なら徹底的に現実主義的観点を持たなければなりません。ところが、不幸にも、そういう理想主義性向を持っている人が多く史学を志望するんです。
(問) 史学で過去の史料を見る時、推理力みたいなものが必要でしょうか? 史料がすべてのことを語ると言いますが、史料が政治的な考慮や作成者の意図によって歪曲される可能性も分かっていますよ。
史料というものが歪曲されることがあるという考え方は、近来できたのです。以前には「史料は絶対的なものだ」と受け入れられました。ところでこれがポストモダニズムの影響で「史料もテキストだ」、このようになったのです。そうすると、「真理はあるのか?」という疑点が生じます。私は、「絶対的真理はない」と思います。すると「この人の言葉は信じられるか」という問題が残ります。 私は、歴史家であるなら最大限の多くの史料を用いて歴史を再構成して、これを他人が理解して信じることができるようにすることが重要だと思います。歴史家の使命だと思うのです。史料をできるだけ多く集め、論理整然と人を説得することができるように歴史を再構成すること、これで満足しなければなりません。だから、特定の歴史解釈に対して、「これだけが正しくて、あれは違う」、そう言ってはいけないです。 私は、そんな現象は、願望が大きくなってそうなるのだと見ます。
(続く)
朴枝香ソウル大学教授インタビュー(下)
『解放前後史の再認識』、韓国近.現代史についての真摯な討論引き出す
[ニューライト・ドット・コム編集部 / 2006-05-16 ]
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr02000&num=1566
(翻訳7)
○理想主義者から現実主義者への変身
(問) 民族主義に対する問題意識は、いつ、どんなふうに持つようになったのですか?
私も民族主義者でした。高等学校の時から社会に対する関心が高かったんですよ。 私は京畿女子高を出ましたが、環境に恵まれた子供達がたくさんいました。環境が良くて課外をたくさん受ける学生もいたんです。私はけっこう貧しい生活でしたが、そのように課外をたくさん受ける人たちとの距離感を感じたんです。そんな訳で、どうしてこのようになるのかという批判意識がかなり強かったんです。高等学校の時から私たちの社会が公正ではないと思って、社会批判的な思考をたくさん持ちました。運動圏の言葉に説得力を感じたりしたんです。私も相当過激でした。アメリカ留学の時、レーガン大統領はとても嫌いでした。 それでアメリカをえらく強く批判するので、アメリカ人の友達から変に思われたりしました。
アメリカ人の友人たちから、「アメリカからお金をもらって勉強しながら、どうしてそんなにアメリカが嫌いなのか」と良く言われました。ところでアメリカ体験を続けて見ると、歴史上アメリカほど正義のある国はないということを認めるに至りました。理想主義的観点から見れば不足はありますが、アメリカのように欠点の少ないスーパーパワーはなかったです。19世紀のイギリスや古代ローマ、スペインなどはそうだったでしょうか? そんな国ではなかったです。
そういう具合に、アメリカの長所を見るようになったんです。国家の品格などを客観的に見るようになりました。現実主義的な接近をするようになったんです。理想主義的な判断ではなく現実主義的な立場で見た時、韓国はけっこう良くやっているということも、同時に悟るようになりました。大部分の発展途上国と比べて見れば、1945年以後の韓国の歴史は、望ましく、よくやって来たのです。
(問) 史学をする人々が理想主義的観点を持つようになったら、どんな危険がありますか?
史学をする人々が理想主義的観点を持つようになれば、その時代のありのままの真実を伝達するのに障害が発生します。危ないですね。哲人、道徳君子、芸術家ならそういう観点を持っても良いですが、歴史学者なら徹底的に現実主義的観点を持たなければなりません。ところが、不幸にも、そういう理想主義性向を持っている人が多く史学を志望するんです。
(問) 史学で過去の史料を見る時、推理力みたいなものが必要でしょうか? 史料がすべてのことを語ると言いますが、史料が政治的な考慮や作成者の意図によって歪曲される可能性も分かっていますよ。
史料というものが歪曲されることがあるという考え方は、近来できたのです。以前には「史料は絶対的なものだ」と受け入れられました。ところでこれがポストモダニズムの影響で「史料もテキストだ」、このようになったのです。そうすると、「真理はあるのか?」という疑点が生じます。私は、「絶対的真理はない」と思います。すると「この人の言葉は信じられるか」という問題が残ります。 私は、歴史家であるなら最大限の多くの史料を用いて歴史を再構成して、これを他人が理解して信じることができるようにすることが重要だと思います。歴史家の使命だと思うのです。史料をできるだけ多く集め、論理整然と人を説得することができるように歴史を再構成すること、これで満足しなければなりません。だから、特定の歴史解釈に対して、「これだけが正しくて、あれは違う」、そう言ってはいけないです。 私は、そんな現象は、願望が大きくなってそうなるのだと見ます。
(続く)
これは メッセージ 274 (chaamiey さん)への返信です.
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