朴枝香教授インタビュー(2)
投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/07/24 22:04 投稿番号: [270 / 1474]
『解放前後史の認識』は「学問」ではなく「政治宣言文」
朴枝香ソウル大学教授インタビュー(上)〜歴史とはありのままを理解すること
[ 編集部 / 2006-05-16 09:41 ]
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr02000&num=1565
(翻訳その2)
『解放前後史の認識』は学者たちが書いた政治的宣言文
(問) 『解放前後史の認識』は、いつ読んだのですか?
1978年に留学に行ってから、1987年2月に入って読みました。1987年と言えば軍事政権のとても過酷な時期は過ぎ去ったのに、学生たちは相変らず聖典のように思っているので、どういうものか知りたくて読んで見たんです。1〜2巻を読んで見ましたが、かなりの衝撃を受けました。二つの面ですが、一つは、「70〜80年代のような危ない時期に、こんな文を書くことができたんだな。」ということ、二番目は、「これは学問的ではなく、あくまでも政治的な宣言文だ。こんな宣言文を学者たちが書いたのだ。」と言うことが衝撃でした。宋建燕さんのような方ならそれも分かりますが、カン・マンギル教授のように学問を職業とする方が政治的宣言文を書いたという事実に、大きな衝撃を受けました。
(問) 留学のためではありますが、結局、教授は、80年代の激動期を直接に御存知ないのではないですか?
国内で起きる事にはいつも関心を持っていました。思い出すのは、朴正煕前大統領が殺害された日、ラジオ、新聞などが「韓国で何か事件が起きている」と騷ぐので、とても知りたくて韓国に電話をしたんです。 東亜日報の先輩記者に電話して聞いたりしたんです。そのように心を痛めた記憶もあり、光州事件を知った衝撃ととても胸が痛かったことは、ここにいてもあちらにいても同じでした。海外に出れば、むしろもっと客観的に見えるようになります。
(問)『解放前後史の認識』と『解放前後史の再認識』に対して論争がありますが、最大の違いは何だと思いますか?
『解放前後史の認識』は、民衆と民族、彼らが主人公になることが正しいという政治的宣言文です。しかし、私たちは、先験的な前提を立ててみようというのではなく、ありのままを見ようという立場です。気に入らないとしても、歴史はそういうものです。もう一つは、『解放前後史の認識』は、達成しなければならない目標を前提にするため、達成できないことに対しては独りよがりです。正義と不正義、善と悪など思考が両極端的で、視覚が心忙しいですね。 『再認識』は歴史をありのままに見ようと思うから、息が長くなります。人の歴史というものは、すごく多層的です。 だから長い目で歴史を見るのです。
歴史は長い目で「ありのまま」眺めるもの
(問) しかし、結局は、歴史解釈には価値判断が入るのではないですか?
まともな歴史家なら、その時代に状況がなぜそのようになったのか、認識しなければなりません。 何故我が国が1945年に分断されるしかなかったのかを理解して、それから、それが良かったのか間違ったのか判断するんです。歴史を心忙しく見る人々はそれを理解しないで、価値を先に立たせて飛び越えて判断しようと考えます。政治をする人々はそうしてもいいかも知れませんが、歴史を研究する人々はそうしてはいけないです。
(問) 歴史批評のイム・デシク主幹が、『解放前後史の再認識』はニューライトと脱近代の不適切な出会いだ、という檄文に近い文を書きました。「イ・ヨンフン教授はニューライトで、朴先生の場合はポスト・モダニズムなのに、なぜ手を組んだのか」、こんな言葉をどう思いますか?
ある面では一理があります。『再認識』の編集者4人は脱民族主義という共通点がありますが、ただ、人間の文明という概念に言及しつつ、すべての人類が到逹しなければならない文明史的な水準があるはずだというイ・ヨンフン教授の主張に対しては、私は少し違う考えです。近代文明の画一性に対して同意することができないテーマがあります。しかし、『再認識』の編集作業をするにあってその差異は小さなことだったし、4人が共通に考えたのが、人間性の複雑さを示そうということです。「親日と反日」、「抵抗と協力」、「独裁と自由」、こんな風に単純に人間の生は分けられないのですよ。「人間性はとても複雑だから、歴史も複雑だ。」と言うのが、我々4人の共通の考えです。
(続く)
朴枝香ソウル大学教授インタビュー(上)〜歴史とはありのままを理解すること
[ 編集部 / 2006-05-16 09:41 ]
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr02000&num=1565
(翻訳その2)
『解放前後史の認識』は学者たちが書いた政治的宣言文
(問) 『解放前後史の認識』は、いつ読んだのですか?
1978年に留学に行ってから、1987年2月に入って読みました。1987年と言えば軍事政権のとても過酷な時期は過ぎ去ったのに、学生たちは相変らず聖典のように思っているので、どういうものか知りたくて読んで見たんです。1〜2巻を読んで見ましたが、かなりの衝撃を受けました。二つの面ですが、一つは、「70〜80年代のような危ない時期に、こんな文を書くことができたんだな。」ということ、二番目は、「これは学問的ではなく、あくまでも政治的な宣言文だ。こんな宣言文を学者たちが書いたのだ。」と言うことが衝撃でした。宋建燕さんのような方ならそれも分かりますが、カン・マンギル教授のように学問を職業とする方が政治的宣言文を書いたという事実に、大きな衝撃を受けました。
(問) 留学のためではありますが、結局、教授は、80年代の激動期を直接に御存知ないのではないですか?
国内で起きる事にはいつも関心を持っていました。思い出すのは、朴正煕前大統領が殺害された日、ラジオ、新聞などが「韓国で何か事件が起きている」と騷ぐので、とても知りたくて韓国に電話をしたんです。 東亜日報の先輩記者に電話して聞いたりしたんです。そのように心を痛めた記憶もあり、光州事件を知った衝撃ととても胸が痛かったことは、ここにいてもあちらにいても同じでした。海外に出れば、むしろもっと客観的に見えるようになります。
(問)『解放前後史の認識』と『解放前後史の再認識』に対して論争がありますが、最大の違いは何だと思いますか?
『解放前後史の認識』は、民衆と民族、彼らが主人公になることが正しいという政治的宣言文です。しかし、私たちは、先験的な前提を立ててみようというのではなく、ありのままを見ようという立場です。気に入らないとしても、歴史はそういうものです。もう一つは、『解放前後史の認識』は、達成しなければならない目標を前提にするため、達成できないことに対しては独りよがりです。正義と不正義、善と悪など思考が両極端的で、視覚が心忙しいですね。 『再認識』は歴史をありのままに見ようと思うから、息が長くなります。人の歴史というものは、すごく多層的です。 だから長い目で歴史を見るのです。
歴史は長い目で「ありのまま」眺めるもの
(問) しかし、結局は、歴史解釈には価値判断が入るのではないですか?
まともな歴史家なら、その時代に状況がなぜそのようになったのか、認識しなければなりません。 何故我が国が1945年に分断されるしかなかったのかを理解して、それから、それが良かったのか間違ったのか判断するんです。歴史を心忙しく見る人々はそれを理解しないで、価値を先に立たせて飛び越えて判断しようと考えます。政治をする人々はそうしてもいいかも知れませんが、歴史を研究する人々はそうしてはいけないです。
(問) 歴史批評のイム・デシク主幹が、『解放前後史の再認識』はニューライトと脱近代の不適切な出会いだ、という檄文に近い文を書きました。「イ・ヨンフン教授はニューライトで、朴先生の場合はポスト・モダニズムなのに、なぜ手を組んだのか」、こんな言葉をどう思いますか?
ある面では一理があります。『再認識』の編集者4人は脱民族主義という共通点がありますが、ただ、人間の文明という概念に言及しつつ、すべての人類が到逹しなければならない文明史的な水準があるはずだというイ・ヨンフン教授の主張に対しては、私は少し違う考えです。近代文明の画一性に対して同意することができないテーマがあります。しかし、『再認識』の編集作業をするにあってその差異は小さなことだったし、4人が共通に考えたのが、人間性の複雑さを示そうということです。「親日と反日」、「抵抗と協力」、「独裁と自由」、こんな風に単純に人間の生は分けられないのですよ。「人間性はとても複雑だから、歴史も複雑だ。」と言うのが、我々4人の共通の考えです。
(続く)
これは メッセージ 269 (chaamiey さん)への返信です.
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