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イ・ヨンフン教授特別講義 10(5)

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/07/16 21:24 投稿番号: [262 / 1474]
1950年代は暗鬱なだけの時代だったのか

<解放前後史の再認識   特別講義>(10)伝統と近代が融合する近代化の過程

[イ・ヨンフン(ソウル大学教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)]
2006-06-29
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr03007&num=1741


                (翻訳その5)

   紙面の関係上詳しく説明する余裕はないですが、二、三点申し上げれば、援助資金を割り当てるのに、適当に誰にでも割り当てるのでなく、工場を建てるに値する実需要者たちに優先的に割り当てた、という点を指摘することができます。また、国民経済の立場から輸入物資の優先順位を決めた後、物資ごとに適用される為替を異にしました。緊要な物資に対しては低い為替を、緊要さで劣る物資には少し高い為替を、あまり重要ではない物資に対しては非常に高いレートを適用したのです。

   ある研究者の計算によれば、当時の公定換率と市場為替の差によって、援助ドルの配当による超過利潤は、GNPのおよそ10%の水準だったと言います。この巨大な超過利潤が、工場を建てて経営する意志と能力がある人に優先的に還元されるようにしたことが、上のような復数為替制と言えます。要するに、1950年代当時、外国為替市場を通さないで(当時はそんな市場はなかったです)政府が確保したドルを裁量で割り当てるにおいて、それなりの一貫した基準と道徳性が確保されていました。だからこそ、後進国型の不正腐敗と政府の失敗を避けることができたのです。

   一つの社会と国家が内包しているそういう実務的政策能力と道徳的規律能力を、過小評価しては困ります。そんなことは、どこの国にも良くある歴史の美徳ではありません。多くの後進国が、そういう道徳性で失敗しました。しかし、大韓民国は違いました。先立って紹介しましたが、李承晩大統領は、ただ1ドルを惜しんでどのようにしましたか。大韓民国の建国史をむやみに卑下する人々は、この点を良くよく考えて見てください。

   いよいよ話をまとめる時になりました。その前に一つ、1958年から経済が悪くなり始めました。アメリカの対外政策が根本的に変わり、援助が大きく減ったからです。投資資金をほとんど全面的にアメリカの援助に頼っていた韓国経済は、急速に悪化しました。新しい国際環境に合わせて、新しいパラダイムの発展戦略が要求されるところでした。もう年齢80を越した老大統領には、そんな能力はありませんでした。そうこうしているうちに2年経った時点で、彼の政府は崩壊してしまいました。いよいよ私たちの解放前後史も、終わりに到達します。明日は、これまでの講義を整理して見ることで、結論の代わりとします。

               (特講11に続く)
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