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イ・ヨンフン教授特別講義 8(4)

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/07/06 11:38 投稿番号: [241 / 1474]
朝鮮戦争は誰がどう引き起こしたのか

<解放前後史の再認識 特別講義>
(8)韓半島全体を吸収しようとしたソ連の稠密な計画

[イ・ヨンフン(ソウル大教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)]
2006-06-27
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr03007&num=1731


             (翻訳4)

   以上、キム・ヨンホ教授の論文を中心に朝鮮戦争の性格を御紹介しましたが、最後にもう一つ、最近出た木村光彦の研究成果、『北朝鮮の軍事工業化』という本に基づいて、朝鮮戦争勃発の歴史的背景に関して追加します。木村教授は、金日成が南侵を決心するようになったことに関連して、北朝鮮に優秀な軍事工業施設が存在したという事実の大切さを想起しています。

   先日の「日帝がこの地に残した遺産」で指摘しましたが、日帝は1930年代後半から1945年まで、軍事工業として製鉄・電気・化学工業を韓半島の北部地方に大量に建設し、その大部分は、ソ連軍政を経て北朝鮮政権に引き継がれました。そんな生産施設及び日帝が備蓄した原資材と部品の在庫が豊かだったから、解放後の北朝鮮経済は、南韓に比べて格別の大きな混乱なしに速かに工業生産を回復することができました。元々、各種原料資源と動力を北朝鮮地方で自給することができる工業施設だったからです。

   約800人に上る日本人技術者たちが戦争の前まで抑留されたことも、工業生産を迅速に復旧するために大きく役に立ちました。1950年前半まで、北朝鮮は、小銃・機関銃・迫撃砲のような小火器から弾丸・大砲弾・手榴弾・各種火薬を自主生産する水準に到逹しました。元々日帝が平壌に建設した従業員6千名の平壌兵器製造所と言う施設がその代表的な例です。解放後、この工場は、M精工と言う秘密暗号で呼ばれるようになりましたが、戦争の前に金日成が同工場に立ち寄って兵器と爆弾生産を督励したことが、後に米軍が捕獲した文書から明らかになります。

   このような北朝鮮の事情に比べれば、南韓はほとんど何もないと言うべき状況でした。金日成には、米軍が撤収した南韓を軍事的に占領することは朝飯前のことに見えました。 それでしきりにスターリンに南侵の計画を建議したのです。言い換えれば、北朝鮮が戦争を挑発することができた力は、日帝が満洲と中国を攻めるために北朝鮮地方に建設した軍事工業にありました。日帝が建設した軍事工業が、後日、金日成が南侵を敢行する軍事力になったという事実はまことに皮肉なことです。お聞きの皆さんは、誰が軍国主義日帝の真正な継承者であるかを、易しく思い出すことができるでしょう。



                       (翻訳終わり)


(翻訳者注)
  この文では「朝鮮戦争」という表現を用いましたが、原文では「韓国戦争」となっています。
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