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イ・ヨンフン教授特別講義 7(4)

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/07/03 23:54 投稿番号: [235 / 1474]
建国の文明史的意味
<解放前後史の再認識   特別講義>(7)自由民主主義、近代文明国家としての出発

[イ・ヨンフン(ソウル大教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)]
2006-06-26
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr03007&num=1730


               (翻訳4)

   ここでしばらく、北朝鮮の地に建てられた国家について考えて見ることにしましょう。これに関しては、『解放前後史の再認識』第1巻に掲載された木村光彦の「ファシズムから共産主義へ〜北朝鮮集産主義経済政策の連続性と発展」とシン・ヒョンギの「新人間〜解放直後の北朝鮮文学が描き出した動員の形象」と言う二つの論文が、まことに有益なさまざまなことを示唆しています。
   先に指摘したとおり、1946年、北朝鮮政府は、植民地期に日本から導入された近代的な法と制度と司法機構を撤廃しました。そして、民族革命と社会主義の革命の掛け声がしきりに叫ばれました。日帝が構築した戦時経済体制は、少しも解体されなかったどころか、さらに強化されました。この点を指摘して、木村教授は、北朝鮮民衆に果たして「解放」と言うものがあったのだろうかと問うています。

   動員と収奪を容易にし強化するため、一般民衆たちには「新人間」という理想的な人間像が提示されました。地主、親日派、利己主義、個人主義、そういうものは古い「旧人間」の象徴でした。このような部類の人々は徹底的に一般民衆から区別され、排除されました。そうしてから、社会主義革命が要求するつらい労働を昇華させる精神的緊張の新しい人間像が提示されました。
   それは、結局、抗日武装闘争を成功に導いた英雄、凱旋将軍金日成でした。結局、日帝の天皇の代わりをしたのが、外でもない金日成でした。

   6.25戦争が終わるまでは、それなりに待つことができました。革命戦争を遂行するために、何年かは堪えることができるでしょう。社会主義の夢に従って南から北に上った幾多の知識人たちは、戦争が終わると、これからは少し自由に暮そうと言いました。そういう主張をした自由主義的社会主義者たちは、ほとんど粛清されてしまいました。彼らの言葉で言えば、まことに悲惨なことでした。
   すべての自由主義者たちが消去された1960年代以後、北朝鮮の首領体制は、まさに文明の袋小路に立ち入ってしまいました。幾多の人々が、絶望したあげくその突き当たっている壁に頭をぶつけ、血を流して死にました。

   去年だったでしょうか、アメリカのブッシュ大統領が『収容所の歌』という本を読んで、その本の著者姜鉄丸さんをホワイトハウスに招待したことがあります。私は、アメリカの大統領も読んだ本をまだ読んでいなかったという恥ずかしさを感じ、その本を買って見ました。

              (続く)
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