イ・ヨンフン教授特別講義 6(1)
投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/06/30 21:30 投稿番号: [227 / 1474]
南北分断の原因と責任
<解放前後史の再認識特別講義>(6)国内市民社会の未成熟と米ソの冷戦体制
[イ・ヨンフン(ソウル大教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)]
2006-06-24
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr03007&num=1722
(翻訳その1)
先日紹介しましたが、連合軍によって日帝から解放されたので、我が民族が願う方向の国家を建設するのに障害になったという教科書の記述は、どう理解すれば良いでしょうか? 結論から言えば、それは論理的にも実証的にも馬鹿馬鹿しい話です。そんなでたらめな話が教科書に載せられて若い世代に伝えられていることは、まことに情けないことです。これから、このことについて、じっくりと考えて見ることにしましょう。
そんな話が成り立つためには、解放以前に我が民族が皆合意した国造り(state building)のマスタープランが用意されていた、という前提条件が必要です。残念ながらそういう前提条件は、充足されません。その話は、論理的前提条件から不成立です。先日の講義で指摘したとおり、大部分の人々にとって、解放は、クリスチャンたちにキリストが再臨するその日のように、突然に訪れて来たのです。
解放直後の状況がどうだったのか、チェ・マンシク先生の『駅路』という小説がおもしろそうなので御紹介します。解放の数ヶ月後に、チェ・マンシク先生は、ソウル駅で汽車の切符を買うために3時間並んでいました。その長い行列で、チェ・マンシクはある友人に会います。その人は、長い行列をあざ笑うように窓口の前に行って、闇切符を購入します。ある中学生は、窓口職員にお釣りを取られてしまいます。「とにかく人々の質が落ちた。どうなるのだろう。」 その中学生の言葉です。
混雑する列車の中でやっと腰を下ろしたチェ先生のそばで、熱っぽい政治討論が起きます。「老いた農民」は李承晩を、「ジャンパー青年」は呂運亨を支持します。ある「田舍紳士」はアメリカ式民主主義を褒め称えます。熱っぽい討論は天安駅で中断します。ガラス窓を割って米袋を押しこみながら、人々が必死に這い上がって来ます。あちこちで叫び声とともに喧嘩が起ります。釜山から天安まで米を求めに来た人は、利害に抜け目がない農民たちが日本へ米を密輸出していると糾弾します。
そのように、チェ・マンシクの目に映った世相は乱れていて暗かったです。「大衆がまだ幼くて物心がついていないからそうなのか」、それとも「年を取り過ぎて老妄のせいでそうなのか。」
私は、このようなチェ・マンシクの小説に、解放当時の隠しようのない私たちの姿を見出します。『解放前後史の再認識』第2巻に掲載されたチョン・サンインの 「解放空間の社会史」が、このような私たちの姿を生き生きと伝えてくれます。ここでは雄大な政治思想や政治闘争ではなく、普通の人々の日常生活が観察の主要な対象になっています。
名も無く生きた普通の人々と言っても、彼らが無気力にその時代に置かれたということでは決してありません。むしろ、彼らは彼らなりにその時代の主体であり、その時代を熾烈に経験しつつ積極的に生きて行きました。彼らの日常生活を規定したのは、民族だとか階級だとかいう雄大な政治的談論ではなく、家門と村、すなわち彼らの伝統的な社会的縁網(network)でした。
(続く)
<解放前後史の再認識特別講義>(6)国内市民社会の未成熟と米ソの冷戦体制
[イ・ヨンフン(ソウル大教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)]
2006-06-24
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr03007&num=1722
(翻訳その1)
先日紹介しましたが、連合軍によって日帝から解放されたので、我が民族が願う方向の国家を建設するのに障害になったという教科書の記述は、どう理解すれば良いでしょうか? 結論から言えば、それは論理的にも実証的にも馬鹿馬鹿しい話です。そんなでたらめな話が教科書に載せられて若い世代に伝えられていることは、まことに情けないことです。これから、このことについて、じっくりと考えて見ることにしましょう。
そんな話が成り立つためには、解放以前に我が民族が皆合意した国造り(state building)のマスタープランが用意されていた、という前提条件が必要です。残念ながらそういう前提条件は、充足されません。その話は、論理的前提条件から不成立です。先日の講義で指摘したとおり、大部分の人々にとって、解放は、クリスチャンたちにキリストが再臨するその日のように、突然に訪れて来たのです。
解放直後の状況がどうだったのか、チェ・マンシク先生の『駅路』という小説がおもしろそうなので御紹介します。解放の数ヶ月後に、チェ・マンシク先生は、ソウル駅で汽車の切符を買うために3時間並んでいました。その長い行列で、チェ・マンシクはある友人に会います。その人は、長い行列をあざ笑うように窓口の前に行って、闇切符を購入します。ある中学生は、窓口職員にお釣りを取られてしまいます。「とにかく人々の質が落ちた。どうなるのだろう。」 その中学生の言葉です。
混雑する列車の中でやっと腰を下ろしたチェ先生のそばで、熱っぽい政治討論が起きます。「老いた農民」は李承晩を、「ジャンパー青年」は呂運亨を支持します。ある「田舍紳士」はアメリカ式民主主義を褒め称えます。熱っぽい討論は天安駅で中断します。ガラス窓を割って米袋を押しこみながら、人々が必死に這い上がって来ます。あちこちで叫び声とともに喧嘩が起ります。釜山から天安まで米を求めに来た人は、利害に抜け目がない農民たちが日本へ米を密輸出していると糾弾します。
そのように、チェ・マンシクの目に映った世相は乱れていて暗かったです。「大衆がまだ幼くて物心がついていないからそうなのか」、それとも「年を取り過ぎて老妄のせいでそうなのか。」
私は、このようなチェ・マンシクの小説に、解放当時の隠しようのない私たちの姿を見出します。『解放前後史の再認識』第2巻に掲載されたチョン・サンインの 「解放空間の社会史」が、このような私たちの姿を生き生きと伝えてくれます。ここでは雄大な政治思想や政治闘争ではなく、普通の人々の日常生活が観察の主要な対象になっています。
名も無く生きた普通の人々と言っても、彼らが無気力にその時代に置かれたということでは決してありません。むしろ、彼らは彼らなりにその時代の主体であり、その時代を熾烈に経験しつつ積極的に生きて行きました。彼らの日常生活を規定したのは、民族だとか階級だとかいう雄大な政治的談論ではなく、家門と村、すなわち彼らの伝統的な社会的縁網(network)でした。
(続く)
これは メッセージ 226 (chaamiey さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4za5aba5fbbqnabcbc_1/227.html