イ・ヨンフン教授特別講義 5(4)
投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/06/29 23:12 投稿番号: [226 / 1474]
解放はいかに成り立ったか
<解放前後史の再認識>特別講義(5)解放は世界資本主義の構造変化による世界的事件
[ イ・ヨンフン(ソウル大教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)]
2006-06-23
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr03007&num=1721
(翻訳4)
それならば、植民地を解放した窮極の力は何だったのでしょうか? それは帝国主義支配体制に内在した矛盾そのものでした。 植民地を支配するために帝国主義者たちは近代を移植しましたが、近代を学習して実践する植民地民衆の成長によって、帝国主義支配はそれ以上不可能になるのです。精神的に近代化された人間たちを、ずっと長く政治的に差別することは可能なことではありません。抵抗が大きくなるだけでなく、いくら一方的だとしても支配の正当性が確保されないからです。
そして、帝国主義の収支決算は、多くの場合損失でした。帝国主義は、思うほど収支の合う商売ではなかったのです。その点は植民地人たちの近代的実践が強化されるほど、さらに明確になりました。
帝国主義のこのような矛盾は、やがて資本主義世界体制でヘゲモニーを行使する国家が入れ替わることによって、白日の下にさらされてしまいました。新しいヘゲモニー国家であるアメリカは、植民地を必要とする国ではありませんでした。アメリカは最大の資源国であると同時に、農業国であり工業国でした。そんなアメリカに、植民地という付属領土は必要なかったのです。 むしろ全世界を自由貿易体制に統合する方が、アメリカの国益に合致しました。アメリカが必要なものを生産し、植民地の国々がドルでアメリカから必要な品物を買ってくれる国々として独立してくれれば、それはアメリカの立場からは収支の合うことでした。
そういうわけでアメリカは、第2次世界大戦当時、戦争が終わった後には植民地は解放するという約束を受けて、イギリスその他の連合国を支援したのですね。そして約束どおり、戦争が終わると旧帝国主義の国々は彼らの古い植民地から撤収しました。その結果、1960年代までにおおよそ150以上の新生独立国家が成立しました。大韓民国も間違いなくその中の一つです。要するに、解放そのものは世界資本主義の構造変化を反映したグローバルな事件だったのです。解放、それは決して一国だけの事件ではなかったのです。
解放の文明史的意義についてもう少し敷衍すれば、次の通りです。アメリカ主導下の資本主義世界体制は、新生独立国に、政治的には民主制を、経済的には工業化の可能性を提供します。この点が、旧帝国主義と決定的に異なる帝国主義後の世界秩序の本質です。ただ、与えられた可能性を現実に実現できるか否かは、ひとえに新生独立国の内部力量によっています。 まずその可能性を明確に認知した後、その実現の道を具体的に模索する必要があります。
すべての国がそういう能力を持ち合わせていたわけではないのです。これまでを見れば、いくつかの国でだけデモクラシーと工業化が成功しました。私たちの大韓民国もそこに含まれますね。しかし、決して、解放当時からそのように成功が保障されていたわけではなかったのです。本当にそういう能力を持っているか? 解放は、そういう人類文明史からの問いかけを当時の朝鮮人たちに投げかける、国際政治的な契機だったのです。
イ・ヨンフン(ソウル大教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)
*イ・ヨンフン教授の<解放前後史の再認識特講>は、EBS ラジオホームページ(再び聞く)で聞くことができます。
http://www.ebs.co.kr/Homepage/?progcd=0002420
(翻訳終わり)
<解放前後史の再認識>特別講義(5)解放は世界資本主義の構造変化による世界的事件
[ イ・ヨンフン(ソウル大教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)]
2006-06-23
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr03007&num=1721
(翻訳4)
それならば、植民地を解放した窮極の力は何だったのでしょうか? それは帝国主義支配体制に内在した矛盾そのものでした。 植民地を支配するために帝国主義者たちは近代を移植しましたが、近代を学習して実践する植民地民衆の成長によって、帝国主義支配はそれ以上不可能になるのです。精神的に近代化された人間たちを、ずっと長く政治的に差別することは可能なことではありません。抵抗が大きくなるだけでなく、いくら一方的だとしても支配の正当性が確保されないからです。
そして、帝国主義の収支決算は、多くの場合損失でした。帝国主義は、思うほど収支の合う商売ではなかったのです。その点は植民地人たちの近代的実践が強化されるほど、さらに明確になりました。
帝国主義のこのような矛盾は、やがて資本主義世界体制でヘゲモニーを行使する国家が入れ替わることによって、白日の下にさらされてしまいました。新しいヘゲモニー国家であるアメリカは、植民地を必要とする国ではありませんでした。アメリカは最大の資源国であると同時に、農業国であり工業国でした。そんなアメリカに、植民地という付属領土は必要なかったのです。 むしろ全世界を自由貿易体制に統合する方が、アメリカの国益に合致しました。アメリカが必要なものを生産し、植民地の国々がドルでアメリカから必要な品物を買ってくれる国々として独立してくれれば、それはアメリカの立場からは収支の合うことでした。
そういうわけでアメリカは、第2次世界大戦当時、戦争が終わった後には植民地は解放するという約束を受けて、イギリスその他の連合国を支援したのですね。そして約束どおり、戦争が終わると旧帝国主義の国々は彼らの古い植民地から撤収しました。その結果、1960年代までにおおよそ150以上の新生独立国家が成立しました。大韓民国も間違いなくその中の一つです。要するに、解放そのものは世界資本主義の構造変化を反映したグローバルな事件だったのです。解放、それは決して一国だけの事件ではなかったのです。
解放の文明史的意義についてもう少し敷衍すれば、次の通りです。アメリカ主導下の資本主義世界体制は、新生独立国に、政治的には民主制を、経済的には工業化の可能性を提供します。この点が、旧帝国主義と決定的に異なる帝国主義後の世界秩序の本質です。ただ、与えられた可能性を現実に実現できるか否かは、ひとえに新生独立国の内部力量によっています。 まずその可能性を明確に認知した後、その実現の道を具体的に模索する必要があります。
すべての国がそういう能力を持ち合わせていたわけではないのです。これまでを見れば、いくつかの国でだけデモクラシーと工業化が成功しました。私たちの大韓民国もそこに含まれますね。しかし、決して、解放当時からそのように成功が保障されていたわけではなかったのです。本当にそういう能力を持っているか? 解放は、そういう人類文明史からの問いかけを当時の朝鮮人たちに投げかける、国際政治的な契機だったのです。
イ・ヨンフン(ソウル大教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)
*イ・ヨンフン教授の<解放前後史の再認識特講>は、EBS ラジオホームページ(再び聞く)で聞くことができます。
http://www.ebs.co.kr/Homepage/?progcd=0002420
(翻訳終わり)
これは メッセージ 225 (chaamiey さん)への返信です.
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