イ・ヨンフン教授特別講義 5(3)
投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/06/28 20:40 投稿番号: [225 / 1474]
解放はいかに成り立ったか
<解放前後史の再認識>特別講義(5)解放は世界資本主義の構造変化による世界的事件
[ イ・ヨンフン(ソウル大教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)]
2006-06-23
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr03007&num=1721
(翻訳3)
この時期の国際情勢や国際関係に関して留意すべき点は、アメリカやソ連の連合軍はもちろん、中国の国民党政府と共産党政府も、大韓民国臨時政府を承認するとか独自の軍事活動を承認することはなかったという事実です。実際、そうするには臨時政府の統合力はあまりにも弱く、また多くの独立運動勢力は理念や路線であまりにも分裂していました。そんな主体的条件の制約も大きい中、中国の二つの政府とソ連は、将来日帝から解放される韓半島における自分たちの利害関係を、あらかじめ鋭敏に計算していました。
例えば1941年、中国国民党政府は「韓国光復軍行動準繩」を臨時政府に強要して、光復軍を中国軍参謀総長の統制の下に置きます。このことに関しては、臨時政府のチョ・ソアン外務部長が、駐中米国大使に、中国が日本の敗北後に再び韓国を中国の宗主権の下に置こうと思うかも知れないと説明したことがあります。 このような立場は、程度の差はあれ、中国の共産党政府やソ連も同じだったと思います。言い換えれば、将来日帝から解放される韓半島に、他の誰より自分が深い利害関係を持っていると信じる強大国間の新しい緊張関係がつとに形成されていたのです。
要するに、解放の前後の時期に、このような新しい緊張関係の国際秩序に主体的に参加するとか発言権を確保した国際的に承認された朝鮮人の政治勢力は、存在しなかったのです。まことに悲劇的な現実ですが、それは厳然たる事実でした。韓半島はあくまでも日帝の付属領土でした。そんな状態からアメリカによって解放されたとは言うものの、その国際法的地位は、1910年に大韓帝国が滅亡する当時のそれと少しも違うところがない境遇にありました。
そのように、大韓帝国の滅亡は、長く暗い影を韓国の現代史に落としました。その深い傷は、分断以後今までも残っています。 厳密に言って、今日南北韓が対峙している悲劇的な現実も、大韓帝国の敗亡が残した暗く長い影の中に属しています。100年後、200年後の後代の歴史家は、2006年の今日までも、大韓帝国の敗亡当時と同時代性の歴史として規定するかも知れません。
しかしながら、気を付けなければならない点は、朝鮮を日帝から解放させた国際政治的な契機は、大韓帝国を敗亡させた旧帝国主義時代のそれとは大きく異なるという事実です。 実はこの点が、最も重要な論点を成しているのです。 ここでまず強調したいことは、世界的に見て、1945年まで続いた帝国主義国際体制は、植民地民族が効果的に武装独立戦争を展開した結果として解体されたのではないという事実です。 私の知るところでは、そうやって独立した国は一つもありません。
それならば、植民地を解放した窮極の力は何だったのでしょうか?
(続く)
<解放前後史の再認識>特別講義(5)解放は世界資本主義の構造変化による世界的事件
[ イ・ヨンフン(ソウル大教授、『解放前後史の再認識』共同編集者)]
2006-06-23
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr03007&num=1721
(翻訳3)
この時期の国際情勢や国際関係に関して留意すべき点は、アメリカやソ連の連合軍はもちろん、中国の国民党政府と共産党政府も、大韓民国臨時政府を承認するとか独自の軍事活動を承認することはなかったという事実です。実際、そうするには臨時政府の統合力はあまりにも弱く、また多くの独立運動勢力は理念や路線であまりにも分裂していました。そんな主体的条件の制約も大きい中、中国の二つの政府とソ連は、将来日帝から解放される韓半島における自分たちの利害関係を、あらかじめ鋭敏に計算していました。
例えば1941年、中国国民党政府は「韓国光復軍行動準繩」を臨時政府に強要して、光復軍を中国軍参謀総長の統制の下に置きます。このことに関しては、臨時政府のチョ・ソアン外務部長が、駐中米国大使に、中国が日本の敗北後に再び韓国を中国の宗主権の下に置こうと思うかも知れないと説明したことがあります。 このような立場は、程度の差はあれ、中国の共産党政府やソ連も同じだったと思います。言い換えれば、将来日帝から解放される韓半島に、他の誰より自分が深い利害関係を持っていると信じる強大国間の新しい緊張関係がつとに形成されていたのです。
要するに、解放の前後の時期に、このような新しい緊張関係の国際秩序に主体的に参加するとか発言権を確保した国際的に承認された朝鮮人の政治勢力は、存在しなかったのです。まことに悲劇的な現実ですが、それは厳然たる事実でした。韓半島はあくまでも日帝の付属領土でした。そんな状態からアメリカによって解放されたとは言うものの、その国際法的地位は、1910年に大韓帝国が滅亡する当時のそれと少しも違うところがない境遇にありました。
そのように、大韓帝国の滅亡は、長く暗い影を韓国の現代史に落としました。その深い傷は、分断以後今までも残っています。 厳密に言って、今日南北韓が対峙している悲劇的な現実も、大韓帝国の敗亡が残した暗く長い影の中に属しています。100年後、200年後の後代の歴史家は、2006年の今日までも、大韓帝国の敗亡当時と同時代性の歴史として規定するかも知れません。
しかしながら、気を付けなければならない点は、朝鮮を日帝から解放させた国際政治的な契機は、大韓帝国を敗亡させた旧帝国主義時代のそれとは大きく異なるという事実です。 実はこの点が、最も重要な論点を成しているのです。 ここでまず強調したいことは、世界的に見て、1945年まで続いた帝国主義国際体制は、植民地民族が効果的に武装独立戦争を展開した結果として解体されたのではないという事実です。 私の知るところでは、そうやって独立した国は一つもありません。
それならば、植民地を解放した窮極の力は何だったのでしょうか?
(続く)
これは メッセージ 223 (chaamiey さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4za5aba5fbbqnabcbc_1/225.html