死を遠ざけようとする韓国社会(下)
投稿者: greatjp22 投稿日時: 2007/09/23 14:24 投稿番号: [11283 / 30895]
読んでて妙な価値観だなと思いましてね。
死と向き合うのは難しいですが、枢機卿の車に物投げる
ってクリスチャンの多い国(自称)で有り得ないですな。
【コラム】死を遠ざけようとする韓国社会(下)
先日、オーストラリアのシドニーを訪問した。海を見渡す高台に並ぶ高級住宅と、その周辺にある共同墓地が目を引いた。ガイドは「景色のよい場所に共同墓地があるため、共同墓地の周辺は地価の高いところが多い」と説明した。生きている者と死んだ者とが仲良くよい景色を共有し、共存する文化があるから可能なことだ。日本やヨーロッパでも都市の真ん中に墓地を見かけることは珍しくなく、市民が休息に訪れる空間となっている場合すらある。
最近韓国では、「ウェル・ビーイング」という言葉に続き、「ウェル・ダイイング」という言葉が流行している。「よい暮らし」と同じくらい、「よい死」が重要だと認識され始めたからだろう。また死について考えることを避けることなく、ゆっくりと死を念頭において準備しようという意味も含まれている。
だが「ウェル・ダイイング」を確立するためには、韓国社会が死を日常の一部として受け入れる必要がある。現在60代後半の詩人イ・ジョンオクさんは、死との対話を記した詩の中で、「今、どこまで来ているんだい。近くまで来たらわたしに教えておくれよ」と書いた。また最近では「ウェル・ダイイング商品」の一環として、臨終体験プログラムなるものが登場している。生の最後の瞬間を経験することで、怠惰な生活を反省し、この先の人生を充実したものとしていく契機を提供するとしている。
現在問題となっている納骨堂も、教育に悪影響を与える存在ではなく、死者との対話を行い、人生の意味について考える場として受け入れることも可能なはずだ。もうすぐ秋夕(チュソク、韓国の旧盆)がやってくる。今年も多くの人が先祖のために祭祀(さいし)を行い、墓参りを行うことだろう。これを機に、生きている者と死んだ者との関わりについて、一度考えてみてはいかがだろうか。
李志勲(イ・ジフン)記者(経済部)
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
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